Jagrons 農業技術を追求しおいしさと健康と文化を創造する

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金鉱を掘ってもはじめから「金の延べ棒」は出てこない。

●「学術団体は現場と離れているので役に立たない」そんな声が聞こえてきた。
●僕は、園芸学会など、プロの研究者時代に入会した学術団体に今も所属している。
●学術団体は、確かにすべてすぐに役に立つことばかりを取り扱っているのではない。しかし、その存在意義は、未知の現象を解明し、私たちの生活を豊かにすることにあるはずだ。
●金鉱は、金がとれるから金鉱なのであって、石炭ばかり取れるのは、炭坑であって金鉱でない。
●しかし、金鉱からは、すぐに「金の延べ棒」は出てこない。いろんな鉱物に混じった金の粒や砂金を集めて精製して、それをまとめて、固めてはじめて金の延べ棒になる。
●金を必要としているのに鉄ばかりしか出てこなければ、金鉱でない。
●学術団体は、明らかに、金鉱である。それは確信できる。ただ、「金の延べ棒」がそのまま出てこないだけである。
●僕には、砂金や金の粒を集めて金の延べ棒を作る術がある。学術団体の得意とするサイエンスを生産現場のテクノロジーに結びつける。それが、ブリッジビルダーとしてのジャグロンズの使命でもある。


そんなに簡単にはいかない?

●農業をある程度やっている人と話をするとよく聞かれる言葉。「そんなに簡単にはいかない」・・・僕は、この言葉を聞くとガッカリする。
●長年やってきた自分たちがうまくいかなかったから、あなたの思うようには行かないのだという。
●うまくいかなかったのはなぜだろうか?「そんなに簡単にはいかない」という人に限って、その原因を突き止めようとしないし、失敗を活かしきれていない。同じ失敗を何度も繰り返している。
●たとえば米を10年間作り続けたとする。10回しか作れない。1年1年の出来を省みて次に確実に活かしていかなければ良いものは作れないし、惰性で農業をやっていたのでは、いくら長くやっても進歩はないと思う。
●今日、秋田のスタッフと、現地のほうれん草生産の現状について情報交換した。
●25年間ほうれん草を作り続けている人がいるという。土づくりにこだわった結果病気も出さずに安定して生産できているのだという。でも、多くの人がほうれん草づくりを3年でやめてしまうのだという。
●美郷町に7年間ほうれん草を作ってきて、連作障害に見舞われて、全く生産できない生産者団体がいるともいう、フザリウム病による被害が大きくてその産地が壊滅の状態だという。
●地域の技術的指導者は、フザリウム病対策としてクロピクを打てというという。(クロピクとは毒ガスである)
●そんなの、打ったって単なる延命措置にしかすぎない。
●秘策はある。いよいよ私たちの出番である。私たち、ジャグロンズは、三重安濃津拠点での生産を成功させた後、来年の春には、満を持して、秋田県美郷拠点に乗り込む。理論とデータを基に失敗を次に活かすジャグロンズスタイルが世の中の役に立たないのならば、私たちに明日はない。
●ジャグロンズのスピナチガーデンでのほうれん草づくりも3年目に突入した。まさに正念場である。
●難しいことを、分かり易く簡単に表現する術、それが私たちの目指す技術の実践スタイルである。


「作務(さむ)のこころ」

 
●今日、「作務」と言う言葉の意味を知りました。作務とは、あの作務衣(さむえ)の作務を意味します。
●具体的に説明すると、作務とは、禅の修行の一環であり、掃除を中心としたお寺の環境整備のことを言います。
●今日は、先日「座禅入門」を体験した四天王寺http://www.jagrons.com/archives/2008/09/post_360.htmlの門をたたいたところ、座禅のあとに作務を経験させていただきました。
●座禅や作務は、現在の私がこころから求めているものを掴むための一つの通り道のように思います。5Shttp://www.jagrons.com/archives/2007/12/post_248.htmlの実践にもプラスに作用すると感じています。
●「こころ」と「からだ」と「経済」が満たされるようにするための「環境整備」の実践、それが「作務」であるように思います。常に「作務のこころ」をもって生活していきたいと思います。
●掃除のように当たり前のことを当たり前に行う。それが、結構難しいのですが、強い思いを持って、日々一つ一つを積み重ねていくことが理想や夢の実現につながるのではないかと思います。今日は、何かまた一つ良いきっかけを掴んだように思える一日になったように思います。


個人の順応性

●先日の24時間テレビでは、「エド・はるみ」さんが113kmマラソンに挑戦、見事完走された。エド・はるみさんはかなり遅咲きの若手芸人ということだが、スタート前のトークで、夢を叶えるのに年齢は関係ないとの言葉に心を打たれた。
●僕は5年ほど前のサラリーマン時代に、全農林http://www.zennorin.jp/shoukai.htmlという労働組合の分会委員長というのをさせていただいた経験がある。全農林は95%という高い組織率を誇る農林水産省関係の国家公務員労働組合である。
●労働組合では、働く者の環境を良くするために頑張っている組織であるが、多くの方が、心的病気で休養を余儀なくされたり、ときにはそれが原因で命を落とされるケースを身近に感じてきた。
●心的病気は、心的ストレスによって引き起こされることが知られているが、いろいろなケースを振り返ってみると、ある傾向があることに気づいた。
●1)同じ職場の変化でも、年齢が高かくなるほど、仕事内容の変化に対応できなくなる傾向があること。つまり、同じ性格の人間でも、同じ環境の変化に対して、ストレスを受ける度合いが、20代<30代<40代<50代と大きくなること。2)ストレスに対する強さ(耐性)は、ストレスに柔軟に対応できる若いときにどれだけいろんな環境変化を経験したかで異なってくること。
●「かわいい子には旅をさせろ」とか「獅子はかわいい子を崖から突き落とす」といった考えは、なるほどとうなずける。
●一方で、「かごの鳥」で育った人間は、きわめてストレスに弱いことは言うまでもない。一生かごの中にいれば、別に問題はないが、ふつうの家庭ならば、親というかごは、いつかはなくなってしまうのだから。
●特別な家柄で組織で守られていない限りは、できるだけ、若いうちにいろんな経験を積んだりいろんな人と関わって行くことが大事だと思う。そして、若いときに他人を助け、他人に助けられる経験をすることが、「人を信頼できる」人間を形成する上で重要なことだと思う。
●「エド・はるみ」さんは、若いときに多くのことを経験されたのだと思う。そして彼女は、人生を受け身でなく、主体的、能動的に生きていると思う。やりたいこと(夢)に向かうという形で、環境の変化に接すること、それがストレスをプラスに活かして、人生をより充実したものにできる最善うの方法のような気がする。


農業生産は、速度計のない自動車やバイクに乗っているようなもの


★「農業生産は、工業のようにきっちりと思い通りに行くものではない。」そういった声が、よく生産現場から聞こえてきます。しかし、今の技術はあまりにも感覚に頼りすぎたものになっているのではないでしょうか。これまでの農業生産は、暦(こよみ)など昔からの慣わしに沿って農作業が行われてきました。しかし、近年の地球の温暖化によって、農業生産を行う環境も大きく変わりつつあるように思います。自然の中での農業生産だからこそ、工業のようには行かないのはうなずけます。しかし、そのような農業生産だからこそ、工業以上に、データ(数字)に基づく生産活動の必要があるのではないかと僕は思います。
★あるほうれん草生産者の方に以前こんなことを聞いたことを思い出しました。「ほうれん草づくりのコツを、農業改良普及所の先生から教わった際、水をあまりやらないようにとの指導を受けました。でも、先生の言いつけを守った人は、その言いつけを無視して水をやった人の半分しか収量を上げることが出来ませんでした」と。
★ちょっと、ドリフ風にたとえ話を作ってみました。「もし、バイクや自動車に速度計が付いていなかったら」・・・・時速40km制限のところで時速60kmで走ってしまうかもしれません。この場合は、20kmオーバーで警察に捕まってしまいます。同じ時速60kmで走っていても、高速道路では、渋滞ぎりぎりのスピードでちょっと遅すぎるように思います。同じスピードでもその時々の状況によって、速いとも遅いともとることが出来るのです。
★もう一つのたとえ話、石器時代とか大昔は、言葉や数字がまだ十分に使われていなかった頃、分化の伝承は見よう見まねで引き継がれていたと思われます。それが、ネアンデルタール人とクロマニヨン人の違いが、声帯の発達の違いであり、ネアンデルタール人はクロマニヨン人のように言葉をうまく発することが出来なかったので、滅んでしまったとのことをどこかで聞いたことを思い出しました。知識や技術などの文化の伝承速度が言葉を媒体とすることで飛躍的に加速するのです。
★「数字」、それは技術の世界の共通言語です。日本語よりも、中国語、中国語よりも英語、それが世界で通用しやすい言語です。しかし、もっともダイレクトで万国共通の媒体、それが数字です。
●親しくなった農家の方と、ほうれん草の移植後の水管理についてはなしたとき、同じ日本語で話していても自分の言葉が伝わらないことを直感的に感じました。そして、畑に、テンションメータhttp://www.jagrons.com/archives/2007/05/pf.htmlを持っていって、それを目安に話をすることにしました。そしたら、何のことはありません、簡単に僕の考えを相手に伝えることが出来ました。
●水やりのような農業技術について話すとき、数字を含まない話し合いは、前出のネアンデルタール人に似ています。僕は、もっと数字を活用した効率的持続的農業生産の必要性を提唱します。クロマニヨン人のようにあらなければなりません。
◆「水を多くやるように、とか、少なめにやるようにとかといった」表現は、わかりやすいようで非常にわかりにくい表現です。よく人を煙に巻く方法として、「言語明瞭意味不明」とか「多すぎず少なすぎず」といった表現を使うことがあるようですがそれにちょっと似た表現でもありますね。そうそう、頭のいい人の中には、むちゃくちゃ難解な数字を並べて煙に巻く人もいますのでご注意を・・・。真実は、そんなに複雑なものではなく、「シンプルで美しいもの」であると思います。
★僕の頭の中には、いつも5つの輪がイメージされています。これは、目の入ってない「だるま」のようなものです。僕は、ジャグロンズの活動を通して、このだるまに「数字」で書いた目を入れたいと考えています。この「だるま」に目が入ると、日本の農業だけでなく世界の農業がもっとホットなものになるはずです。僕は、そのように確信しています。


「ジャグロンズ」、活動から事業へ

●2007年の1月から本格的にジャグロンズの活動を開始いて1年と3ヶ月が経過した。はじめの一年間はひたすら、活動の継続に力を入れてやってきた。私の活動はいろんな場面で他から見れば奇異に映ったことも少なくなかっただろう。その間のジャグロンズの活動は事業というに及ばず、あたかも、修行僧が托鉢したり、滝に打たれるような一見無意味な感じの活動でもあった。だが、托鉢や滝に打たれることで修行僧が何かを悟るように、僕も多くのことに気づくことが出来た。
●一緒に事業をやりましょうといったような、共同経営のスタイルではなく、「社員の立場でいいからジャグロンズの事業を応援したい。」というスタッフが、2人この春からジャグロンズに合流する。それぞれ、私が今までにやってきた生産管理部門と販売営業部門を担ってくれるのに十分な人材である。これで、私はマーケティングの部門の他に一番手薄にしていた経理の部分をもう少しこなせるようになるであろう。そして、一年後くらいには、マーケティング部門と経理部門にも人材が集まってきそうな気がする。
●事業をはじめて3年後には、ジャグロンズを滑走路から離陸させ独り立ちさせたい。そう思いながら一つ一つの日々の活動を積み重ねているところである。


言霊(ことだま)


●「整理・整頓・清掃・清潔・躾」。製造業では当たり前に知られている「5S」である。これは日々の生活を充実させる上でも大いに役に立つ考え方である。私はこれを完璧に身につけたいと思う。そこで、家に張り紙をした(写真参照)。これを見た人は、大別して2通りの反応を示す。一つは、「これはそんな意味があるのか参考になるなあ」といった反応、そしてもう一つは、「こんなの張ったって、全然整理整頓できてないじゃないか」といった反応。後者のように言ってしまったのでは、何も進歩がない。私自身この5Sが、出来ていないからこれを自分のものにしたいと思うのであって、これが出来ている人はこんなことを張る必要がないであろう。現状を改善するには、「意識する」ことが重要なように思う。何かの本に、「言葉には言霊という魂が宿っていて、良いことを言葉に表していると良いことが起こるし、悪いことばっかり心配したり口にしていると本当に運も悪くなる」とかいてあった。朝起きて、この張り紙を見ると、無意識のうちにこの5Sが意識されるようになると感じている。これを張ったことによって、少しずつであるが、私の生活も改善されてきているように思う。言霊というものがあるのかもしれない。
●この5S、同じ物づくり産業である農業の現場では、全く見かけたことがない。農業にとっても非常に有益な考え方だと思うのだがどうしてなのだろうか。そんなの昔からないと言ってしまえばそれまでだが、生産が組織的に行われていないことも、このような考えが浸透しない原因の一つかもしれない。「晴耕雨読」という言葉があるが、農業は天候に左右されるといった特徴がある。一方で、何でも天候のせいにするといった甘えもこの産業にはあるような気がする。農業試験場等で開発された農業技術があっても、それが十分に活用されていないのである。よく自然災害で農作物が被害を受けたとの報道に接することがあるが、実は天災半分、人災半分なのではないかと思うことがある。天候に左右されるなりにその影響を最小限に止める工夫が必要である。感覚でやる農業には限界があるし、その技能は伝達されにくいものだと思う。私は、数字というものを駆使して、「日本の農業技術文化」の継承の一助となる活動を続けていきたいと考えている。
●先日、ある有力者の方とお話しする機会があった。農業分野にはあまり関係ない方だったので、私の話をすると、「それは大変だ、一次産業とベンチャーの2つはビジネスとして一番危険な分野だ」とおっしゃられたのを覚えている。これも一般的で妥当なものの見方であろう。しかし、それでは良いわけがない。人間は何を食べて生きていくのか?一次産業なくして、国が成り立つのだろうか?そんなわけはない。農業をビジネスとして考えた場合、「農業では食っていけない」とか、この手の「負の言霊」が、現場で働く多くの当事者に影響を及ぼしているような気がする。
●これからは、アグリビジネスの時代だ。高度な技術を駆使しながらも、その生産システムを単純化して、良質の農産物を安定的に生産する時代が来る。そして、消費者と生産者との距離がぐっと近くなり物流も変わるであろう。農業は国が成り立つためにはなくてはならないものである。「正の言霊」の力を信じて、来年もジャグロンズの活動を継続・発展させて行きたいと考えている。


「作品」の評価に関して

最近思ったことがある。
★「料理=アート」と仮定した場合、その作品の評価はどのようにして決まり、その作品に対してどのようなニーズがあるのだろうか。アートの一つ「絵画」の場合、その評価には長い時間がかかることが珍しくない。料理をビジネスとする場合は、その魅力を十二分に伝えることが重要で、セルフプロモーション能力が経営者に必要とされる能力であると思う。絵画に対するニーズは、ある程度経済的余裕のある客層の中にあるであろう。もし、その価値を十分に理解出来ない客層とその作品が出会ったならば、その作品は不当な評価を下される可能性もある。作品とそれに見合った客層との出会いの環境を整えることがビジネスの成功につながるのであろう。
★「料理=生活必需品」と仮定した場合はどうか。この場合、いかにリーズナブルであるか、というような割安感が重要であろう。気軽に食べれて栄養があって美味しいことが重要であろう。
★僕はジャグロンズのほうれん草=芸術品を意識した物づくりに取り組んでいる。1束200円の価格設定は、生活必需品としては、割高感を感じるかもしれない。しかし、僕は、200円で安いといわれるようなほうれん草を作っていきたい。それが、芸術品を意識した物づくりであると思う。一方で、お客様に、割安感を感じて僕のほうれん草を食べて頂くには、直営の飲食店の経営が有効だと思う。これはずっと先のことになると思うが・・・いつかは実現したい夢である。


僕がやりたいほうれん草づくり

●僕がやりたいほうれん草づくり。それは、ほうれん草を生産することだけではない。まず基本が、ものを作ること。そしてその商品がお客様によろこばれる形で消費していただくこと。ほうれん草といってもいろいろある。お客様がほうれん草に何を求めているのかを知ることで、お客様に満足していただけるほうれん草を作ることが出来る。
●昨年は、甘さを第一に考えたほうれん草づくりに取り組んできた。今年は、お客様のニーズを探るべく、ちょっと代わったタイプのほうれん草も作っている。何件かのお客様に比べてみてもらった結果、今年の商品のラインナップを3種類揃えてお客様にお届けさせていただくことにした。
●3つの商品を紹介させていただくと、まずは、主力商品で、独特の甘さが特徴の「ゴールデン」タイプ、次ぎに、中華などの油炒め料理に適した「アフロ」タイプ、そして、和風の味つけにベストマッチな「ブラック」タイプ。以上の3つの個性ある商品を揃えることが出来た。いずれのタイプも、一定期間以上、冬の寒さにさらすことで、個々の個性を保ちながら糖度が10度以上の甘いほうれん草になることから、サラダでもいける商品になる。


元気、熱気、活気

●僕はラジオを聴きながら畑仕事をする事が多い。いろいろな情報が入ってくるし、生活にテンポが生まれる。今日は、桂文珍さんがゲストでの番組が流れていた。文珍さんは、地方を回って、落語によって地域を活性化させようと頑張っているとのこと、その会話の流れで、「お客さんの反応で、そこの商店街や地域の景気が分かる」とのこと、元気がないところは地域経済も芳しくない場合が多いそうである。文珍さんは、景気→笑い(元気)もあるけど、笑い(元気)→景気にもつながるのではないかとの考えで、落語の地域講演を精力的にされているそうである。
●先日、「メッセウイング三重」と言うところで開かれていた、農業生産者や農業会社が、人材募集も兼ねた企業説明会のようなものを覗いてみた。元気がない。農業体験を数人の若者が発表するコーナーもあったが、聴衆が10人もいないのに、マイクを使ってゴニョゴニョ言っている。10人20人くらいで、マイクを使っていたんではダメだ!!元気がなさ過ぎる。農業という産業の低迷も背景にあるのだろうが、農業は取り組む人たちの気概にかかっていると思う。もう、同じ農業者間で集まっている場合じゃないような気もした。−2×2=−4といったような、負のシナジー効果が生まれそうな気がして、さっさと会場を後にした。
●メッセウイング三重では、隣の会場で、○○会館という葬儀社の、展示会のようなイベントが行われていた。ウオー!!活気がある。華やかである。演歌歌手も歌っている。熱気が感じられる。少子高齢化が進む日本において、葬儀産業は先が明るい。元来、しめやかに行われる葬儀であるが。ニーズも多様化してくるのだろうし、明るい葬儀もありかもしれない。何よりも、この産業の景気の良さが、その会場の活気につながっていると感じた。
●「元気」な人間が集まって、熱く仕事をしていくことで「熱気」が生まれ、農業と言う産業にも「活気」が生まれたらいいなあ。そんな思いで、僕は現在農業生産活動を続けている。


「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」

●高松の香川大学で開かれた園芸学会の公開シンポジウムで、おもしろいお話しを聞いた。果樹試験場OBの矢野昌充博士の研究費の受益者負担の考えに関基づく活動についての発表であった。これまで国の農業研究は、ほとんどが税金によってまかなわれていた。しかし、近年の財政事情によって、研究費の確保が難しくなりつつあり、産業規模の受益者である生産者団体や食品業者などを中心に研究費を出していただき、効率的な研究遂行を行おうという考えである。私はこの考えに感銘を受けた。農業分やというのは、すぐに補助金に頼るところがある。1に補助金、2に補助金である。それが、今このような考え方が生まれていることに、自助の精神を感じ、将来に光を感じることが出来た。
●矢野さんの発表では、基礎研究と応用技術との間には、「魔の川」という障壁があり、応用技術と事業化との間には「死の谷」という障壁があるという。私ははじめて聞いた言葉であったので、ネットでいろいろ検索した結果、この言葉は、数年前から、使われはじめたようである。工業分野の知人に聞いたところ、この言葉をすでに知っていたので、さすが競争の激しい工業界と感心したところである。
●この言葉、研究成果が産業化するまでの過程に存在する障壁を意味し「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」の3点セットで使われている。自分なりに、図に整理してみた。これらの言葉は知らなかったが、研究所時代の自分は「魔の川」に橋を架けることに一生懸命であったように思う。そして自分なりに満足できる1つ目の橋を架けることが出来た。そして今挑戦していること、それは、「死の谷」に橋を架けること。やっぱり、言葉通り橋を架けるのは難しい。しかし、私は、「ブリッジ・ビルダー」何とかして橋を架けたい。そう考え、試行錯誤の毎日を過ごしている。



※経営プロセス改革アソシエイツhttp://www.process-club.com/00submenu/02submenu/22/22.html
を参考に作図


お米の「鑑定書」

●よく、ダイヤモンドなどの貴金属には「鑑定書」なるものがついている。ペットでは「血統書」というのがある。いずれも、一般の人では一見分からない「品質」というものを、専門家が確認することで、分かり易くするというサービスである。
●最近、お米の品質や、「美味しさ」について、いろいろと調べてきたが、素材の品質保証という観点から「鑑定書」のようなものが必要ではないかと感じている。今の制度の中では、100%コシヒカリでなくても(10%くらい別の品種が混ざっていても)「コシヒカリ」といって販売することが出来る(合法的に問題ない)。そして、このような情報は、消費者の皆さんには直接分からないのが現状である。
●もうすぐ早場米の産地三重では稲刈りが始まる。私の故郷、秋田のお米「あきたこまち」も、三重では極早生品種として栽培されている。秋田の風土に合うように品種改良された「あきたこまち」。秋田では10月に収穫する品種である。これが、三重のあきたこまちは8月に収穫するのだから、「あきたこまち」でも三重県産と秋田県産では全く違うお米に違いない。三重県の人は「あきたこまち」は、美味しくないと言うが、たぶん秋田県産のものを食べたことがないのだろう。一方で、料理人をしている秋田の幼なじみの先輩は、「コシヒカリなんて全然美味しくないじゃないか」と言ってたのを思い出した。たぶん、ほんとに美味しいコシヒカリは秋田にはあまり流通していないのだろう。
●もう、「コシヒカリ」だから美味しいとか、「あきたこまち」だから美味しいとかといった時代ではないような気がする。この秋から、ジャグロンズでは、米の食材としての品質を「食味カウンター値」で判断し「鑑定書」のようなもの(情報)を併せたサービスをお客様に提供していきたいと考えている。


「美味しい」フロムUSA(ハンバーガー、牛乳、パン)

●合理主義の国USA(アメリカ合衆国)。この国の象徴はファーストフードだろう。第二次世界大戦(太平洋戦争)の敗戦国日本は、アメリカから救援物資として、パンとミルクを配給され、その後、日本にパン食が根付いたことは有名な話しである。その後、日本はアメリカから大量の小麦を輸入するようになったという。このことはアメリカの長期的視野に立った農産物販売戦略の典型的事例として取り上げられることが多い。
●自分は、農家出身で、自分のうちの米を食べて育ってきた。高校生くらいになってから、パンやハンバーガーを食べるようになったのだが、なんかしっくりこない。やはり米がおいしい。パンのぱさぱさ感が好きになれないのである(本当にうまいものを食べていないせいかもしれない。アンジュールさんの出来たてのパンは美味しいと思った)。もしも自分が幼稚園当たりから、このようなファーストフードを食べていたらどうなっていたのかを考えるとおもしろい。たぶん、あまり美味しくなくても、それが「お袋の味」のような感じで、美味しいと感じるようになってしまっていたのではないかと思う。味覚は、子供の頃からの学習とも言われる。苦みを美味しいと感じるのも味を学習した結果なのだという。このことから言うと、幼少時の食生活というのは大切だ。
●子供たちが大好きな、おもちゃがついてくるハンバーガーのお店がある。子供たちはおもちゃ目当てでハンバーガーショップに行きたがる。そうして、幼少時からあまり美味しくない(と私は思う)そのハンバーガーを毎週、毎月食べているケースも少なくないだろう。このようにして、今、日本の子供たちは、アメリカ的企業の長期的視野に立った食物販売戦略の対象になっているように思う。たぶん彼らは、サラリーマンになってからもハンバーガーを好んで食べるようになるだろう。
●USA発のファーストフードに対抗して、イタリア発のスローフードという考え方(活動)がある。この考え方の中には時間をかけて食文化をじっくり楽しむことを含んでいる。一見、ファーストフードは非健康的な食文化で、スローフードは健康的な食文化のように見える。しかし、日本の代表的ファーストフードである、寿司、饂飩(うどん)、蕎麦(そば)は、必ずしも非健康的な食べ物ではなく、むしろ米国では健康食として人気が出ているほどである。
●日本や、フランスは、長い歴史を持つ分、料理の世界が芸術の域に達している。それも、食べてなくなると言う点では花火のような芸術である。日本にはさらに、寿司やそばなどといった優れたファーストフード文化もある。日本は希にみる多神教国家であるが。食文化でも多様性があるのがおもしろい。
●「ファーストフード」と「スローフード」。物事に対立軸があるということはいいことだと思う。またそれらの両極は、ニーズがあって成立しているのだから、どちらも大切な文化であると思う。ファーストフード文化の持つ利便性は、これからの時代、必然的に受け入れられるだろうし。スローフード的文化の持つ文化的側面もも多くの人に支持されていくと思う。しかし、両方とも「食文化=健康維持」が成立する条件を満たす必要があると思う。食料を提供する側は、常に良心的立場から、長期的視野に立った食物販売戦略を立てて、実践することが大切であると思う。この、「長期的視野に立った食物販売戦略」これが案外「美味しい」の本質につながっているのかもしれない。


「美味しい」って何だろう?

●米を作っている農家の人100人に「あなたの作った米は美味しいですか」と聞いたら、迷わず100人が「うちの米はうまいよ」というだろう。もし、「うちの米はまずいよ」という人がいたら、結構インパクトが強くてそこの米が人気が出ちゃったりするかもしれない。
●先日、米づくり一筋の草深ご夫妻と米の話しをしていたら、今、米を売るときに、「おいしい」って言う言葉を使っちゃいけないんだとか。どうも、おいしさの感じ方は人それぞれ違うのだからだそうである。
●「美味しい」ってどういうことだろう。ちょっと考えてみた。それらを列挙すると、@一定水準の目安をクリアした品質であること、A身体が欲している物を食べたときの喜び、B食事をするときの視覚や雰囲気によって得られる満足感、Cその食品の持つ魅力(希少性、栄養価)を理解した上での食事による満足感、など、いろいろあるように思う。
●今、私が考えているおいしさの3つの柱を挙げると、@絶対評価の品質基準、A食べる人のコンディションに会った提供(メンタルの要素も含む)、B食品や料理の持つストーリーや歴史、以上の3つを満たすのが究極の理想のおいしさだと思う。これらをバランスよく満たすには、科学技術と文化の融合が鍵になるような気がする。「美味しさ」についてはこれからもっと深く考えていきたいと思う。


苦いほうれん草をおいしく食べる方法

●秋田県美郷町産のほうれん草、2つのタイプがあります。露地栽培ほうれん草とハウス栽培ほうれん草です。2つのほうれん草と特徴は、
(1)露地栽培ほうれん草(以降、露地物と表記する):がっしりしていて、調理後の目減りが少ないのが特徴。内部品質では糖度が高くビタミン類も豊富に含まれるており、有害成分とされる硝酸含量が少ないのが特徴ですが、風味(苦み)が強く出やすく、万人向けの味ではないと言えます。
(2)ハウス栽培ほうれん草(以降、ハウス物と表記する):調理後の目減りがありますが、味に癖が少なく、食べやすいのが特徴。栄養成分的には露地栽培ほうれん草よりも劣ります。
●このお話しを、「緑彩」(http://www.ryokusai.net/)のオーナーシェフ伊藤良樹さんに話したところ。露地ほうれん草に興味を持っていただき、お店がお休みの今日、2つのタイプのほうれん草をおひたしにして頂きました。さすが、和風料理のプロ。おひたしの作り方も本格派です。これまで見たことのないおひたしの作り方を見せていただきました。茹でた後に特性のだしに浸して数時間後、出来ました。本格派おひたし。食べてみました。ハウス物は癖のない「すーっとした」味で万人向きと感じました。一方の露地物、食べた瞬間、ハウスものよりも強い甘みを感じる一方で後にすーっと引っ張る風味(苦み)があります。やはり、癖があります。これに対して出した伊藤さんの結論、それは、肉料理で使うこと(魚ではダメだそうです)。お浸しを軽くあっぶった肉に包んで、たべだせてもらいました。すごい!!苦みを感じません。「個性のある食材があったら料理人の血が騒ぐんです」「露地物は栄養価の高い食材なのでこれをおいしく食べていただくような調理方法を考えるのが料理人の仕事」とおっしゃっていただきました。大変勉強になる時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。
●これからも、ジャグロンズは「おいしさと健康と文化の創造」を掲げ、私たち生産者サイドが食べていただくお客様のためになる最善の道を歩んで行きたいと考えております。料理人の皆様とのコラボレーションを大切にすることも欠くことの出来ない活動内容の一つであると思います。
  


モノを売るということ

●「ほうれん草を売り込みに行く」お店に飛び込み営業をする、その前に車の中でほうれん草の汁を搾り糖度計をチェック。「糖度10.5度」、よっしゃ!!っと、自分のテンションを上げてお店に乗り込む。自分の商品に自信を持たなければ商品は売れないと思うので冬には良くこのような確認の儀式をしていたものだ。お米を売るときも、自分で食べてみて納得がいくことではじめて自信を持った営業が出来る。
●味付け即席麺を発明した安藤百福さん(2007年1月5日96歳で死去)は、毎日1食は、チキンラーメンを食べていたという。自分の商品に自信と思い入れがあったのだと思う。
●しかし、先日すごい人に会った。一回も自分の商品を食べたことのない人が、中国製の漬け物を売っていたのである。ブラックユーモアのセンスのある方で、「これ食べたらからだこわすでえ」、とか冗談で脅しながら赤いキュウリの漬け物、緑色のキュウリの漬け物、白いらっきょの漬け物の3つのサンプルをくれた。ガンガン作ってガンガン売っているようである。中国製なのでJASマークはなし、厚生省の審査は通っているということであった。
●今日、緑色のキュウリをカレーにかけて食べてみた。「うまい!!」そう感じた。「安心・安全」という言葉が出回っているが「うまいこと」と「安心・安全」は全く違う。漬け物の裏の表示には石油から取れる着色料がいっぱい使われていた。表示義務のない業務用食品であれば、ある程度うまければ、安全や安心と関係なしにどんどん売れるのだろう。
●北海道の食肉業者の事件で、今、世の中には、不信感が漂っている。先日、中国では段ボールに薬をかけて黒っぽくして、肉汁をかけて肉の増量剤として使った肉まんが摘発されたとのニュースが報道された。やろうと思えば何でも出来る物だと思った。
●モノを売ると言うことは奥が深い。商売は利益を上げることが重要だから、商品を売ることが第一である。しかし、売ることだけが目的となっては、世の中がおかしくなってしまうような気がする。売ることが目標であって、お客様のためになることを目的にしていかなければならない。またそうあらねば商売は長続きしないと思う。海千山千のなかに私も身を投じて、自分の信念を貫きたいと思う。
  


「創造者」と「競争者」

●私が、思い詰めているとき、尊敬する経営者の方から次のような内容の言葉を頂きました。
「創造者たれ、急ぎ始めた瞬間、あなたはは創造者ではなくなります。競争者になってしまうことを忘れないように。急いでると感じたら立ち止まって、そして自分の欲しいものをイメージし、それに向かって取り組めることへの感謝の気持ちを持ち始めてください。感謝することが例外なしにあなたの信念を強め目的を新たにしてくれます。」この言葉は、私の「こころ」にすーっと入ってきました。この「創造者」はオンリーワンになろうとする人、「競争者」はナンバーワンになろうとする人と言い換えることが出来るように思います。
●研究という比較的クリエーティブな分野での仕事の経験から、幸い、自分の中には、「創造者」と「競争者」の両方の面があったように思います。「創造者」としての仕事は、感動とワクワク感が得られました。一方で、「競争者」としての仕事は、緊張感がありますし、その分野が必要であるから競争が生じているので、ある意味の達成感も得られます。もし、「創造者」の面だけの仕事だったらそれは神の領域かなとも思いますし、「競争者」の面だけの仕事なら辛くてきつく感じてくることでしょう。今考えてみると私の場合、両方の面のバランスが大切な気がします。
●研究所時代に、ある同僚が「この分野はもう研究され尽くしたのでやることがない」といった感じのことを言っていたことを思い出しました。そのとき私は、この考えには同感できませんでした。「時代や場所が変われば、ニーズや視点も変わってくるはず、単に研究の問題点が見つけれないだけではないか」と思ったからです。道元が、中国での仏道の修行の中で老典座に言われた「偏界かつて隠さず」との言葉が頭に浮かびました。これは、道元が「世の中にはいまだかつて真理が隠れていたことはなく、常に目の前に現れている、それが見えないのはおまえの目が節穴だからじゃ、この馬鹿者めが!!」と老典座に一喝を受けたときの言葉です。
●一見「創造的な仕事」でも「競争者」としての敗北感を味わうこともあるでしょう。これとは逆に「競争的な仕事」の場でも、目の付け所や、時代の変化に敏感になることで「創造的な仕事」が出来ると思います。要は、本人(プレイヤー)の考え方やこころの持ち方次第なのではないかと思います。
●今やろうとしている、アグリビジネスについて、私は、自分の中に「創造者」の部分:「競争者」の部分を7:3くらいの割合でイメージして取り組みたいと思います。そのためには、良い好敵手も必要でしょうし、常に「探求心」と「緊張感」を持って、仕事を楽しめることに感謝して活動していけたらと思うのです。
  


秘すれば花

●「秘すれば花」・・・秘めるからこそ芸の魅力が保てるという奥義である・・・と世阿弥が彼の著書「風姿花伝」で述べている。
●園芸という言葉も「芸」が付く。やはり、秘すれば花なのか?、むかし良く水やり3年とかいわれていたことを思い出す。これで本当にいいのだろうか?誰がやっても同じ結果になる水やりの方法。これが役に立つ技術として重要ではないかと思う。
●ある産業分野では、技術を他に教えると、自分のところの商品価値が落ちるから他人には絶対教えないということを経営者の方から聞いたことがある。
●また、別のある産業分野では、技術情報はどんどん社外に公表する、そして、まねされる頃には、また新しい技術に取り組んでいると経営者の方から聞いた。技術を秘密にすると、自分にも情報が入ってこなくなるため、長期的に見て、得策ではないそうである。技術を公開することで、他からの情報もどんどん入って来るという。やはり、勢いのある産業分野は違うと思った。その経営者の方は、情報をオープンにすることで得られた別の情報を組み合わせた情報ネットワークを活用して、先日さらなる新しいビジネスへの挑戦を開始した。
●農業技術では、どうであろうか?やはり、「秘すれば花」か?今まで、私は、そうだと思っていた。しかし、先月、東京のある出版社におじゃました折、明るい話題を耳にした。岐阜県でほうれん草の収穫機が実用化して、成果を上げているとの記事を掲載しようとしたところ、地域の農業団体から、写真を掲載することに対して待ったが入ったのだという。「秘すれば花」である。ところが、実際に生産現場で取り組んでいる生産者の代表の方が、次のように言って農業団体の幹部を説得してくれたのだという。「今の岐阜のほうれん草生産の技術は全国のほうれん草生産地の皆様から教えてもらって成り立っている。だから、この情報も岐阜だけで独り占めせずに全国に発信しようではないか」。いや、ご立派である。この話を聞いて日本の農業も将来明るいような気がした。
●日本の農業の衰退の原因の一つが、作ることよりも売り手が少ないことによるものと、昨今強く感じている。よくキャベツの大産地で、キャベツが豊作になると価格調整のために廃棄する風景が報道されることがあるが、このとき、消費者が、安いからキャベツをいっぱい食べるかといったらそうでもない。「折角豊作になったのだから、みんながもっといっぱいキャベツを食べればいいのに」そう思うのは私だけであろうか。キャベツをいっぱい食べるとガン予防にもなるし良いことづくめなのに、そうはならない。
●まだまだ、世の中が良くなる余地はかなり残されているように思う。「生産者と消費者の距離を縮めること」これがキーワードになるような気がする。
●「秘すれば花」これも一つの考え方であるが、「情報をオープンにする気概」、これも大切なように思う。情報をオープンにすることは後ろから追われることを覚悟する必要がある。だから、もっと先に進んでいこうと努力しなければならない。
●芸術と産業、これは別物かもしれないが、園芸と言う産業は、この2つの面を持ち合わせているように思う。オープン体質になることで産業技術全体のレベルが上がれば業界全体がさらに活性化するのだと思う。
  


ジャグロンズブートキャンプ

今日は早朝、ホーhttp://www.jagrons.com/archives/2007/06/post_92.htmlを使って草削り作業をしました。長いハウス2棟分、総合距離450m以上ありました。いま流行のビリーズブートキャンプならぬ、ジャグロンズブートキャンプ状態です。朝飯前の結構な運動になりました。農薬を少しでも使わないようにする野菜作りには、手間暇がかかります。でも、「実際に食べていただくお客さんの立場に出来るだけ近づきたい」との思いから、ジャグロンズのほうれん草生産ではこれまで1度も除草剤を使ったことがありません。除草剤を使わないほうれん草生産は、移植栽培だから出来るのです。
  


ジャグロンズほうれん草の到達点

 移植栽培ほうれん草生産の事業化の鍵になるのが出荷先。私が、ほうれん草を売り始めてから、市場出荷、農協出荷、スーパー出荷、料亭、レストラン、一般のご家庭、ホテル、ゴルフ場など、色々な販売先の開拓に努めてきました。その中で、ほうれん草作りの作業が、@お客様のためになるものと、Aお客様に買っていただくためのものの2つに分けて考えることが出来ることに気が付きました。前者はもちろん、新鮮で、おいしくて、栄養価に優れることなどです。そして、後者は、見た目、パッケージ、この2つがすべてです。後者の場合、収穫から、お客様へ届く日数が長くなりがちなことから、日持ちするための様々な配慮も必要です。
 先日、数人のスタッフで収穫をし、調整作業を行いました。収穫はすんなり進めることが出来ましたが、この調整作業、もう、うんざりしました。入れにくい袋、必要以上に細かいサイズ分け、本数の規定など、多くの条件をクリアしなければなりません。それに、資材費や手数料などが結構引かれます。朝1時間ほどで収穫したものの調整作業が、夜遅くまでかかってしまったときには、正直もうほうれん草を作る気がしなくなりました。みんなが疲れました。そして、自分は何のために誰のためにこんなことをしてるんだろうと自問自答しました。
 空梅雨の北東北の月あかりの下、家のすぐ外にはホタルが数匹飛んでいます。そのうちの一匹が私の前をすーっと通りかかりました。私の道先案内人をしてくれるように。思わず手を伸ばすと蛍が簡単に手のひらに乗りました。手のひらで蛍が光ってます。そのホタルの一点は暖かく感じます。そのとき私は決心しました、一つのことに集中しよう。私がすべきこと、それはお客様に喜んでもらえる(お客様のためになる)ほうれん草生産です。私は、自分が作って美しいと思うほうれん草を作ります。そうすると既存の土俵では勝負になりませんから、自分の土俵を築かなければなりません。自分の土俵、それがすなわち生産小売業なのです。
 この実現にはある程度の時間を要しますので、とりあえずお客様に近づく第一歩として、スーパーに直接出荷する販路でいってみようと考え、以前大変お世話になった、和歌山資本の大きなスーパーのバイヤーさんにお願いしてみました。そしたら、以前お世話になった津市内の店舗で夏のほうれん草も試していただけることになりました。一般的な販路ですと、収穫してからお客様に届くまでコールドチェーンで4〜5日くらいかかることもあると思います。それが、今回のルートですと、収穫した翌日の午後には店舗に並ぶことになりますちょっと形は悪いけど必ずお客様が喜んでくれるはず、私にはそんな自信があります。まだ生産小売業は、軌道に乗っておりませんが、私のほうれん草とお客様との距離を縮めることにご協力いただいたスーパー様には大変感謝しております。29日(金)に三重県津市内の大型スーパー(24時間営業)で秋田県産のほうれん草を見かけたらならば、それはジャグロンズほうれん草です。ハウス栽培ですが、移植栽培により減農薬生産(BT剤1回のみ使用)をしたものですので安心してご賞味ください。
これからは、もっともっとお客様のためになるほうれん草生産に取り組む覚悟です。皆様のご理解とご協力を頂けたら幸いです。
                     ジャグロンズ 代表 藤原隆広
※BT剤:アオムシ(チョウやガ(鱗翅目)の幼虫)以外の生物には全く毒性を持たない農薬です。
※一般的なほうれん草栽培(直播栽培)では、除草剤の使用が必須で、このほかに2〜3回の農薬散布を行います。
  

  



夏のほうれん草の味

今、秋田県美郷町で作っているほうれん草、セル苗移植栽培で、露地物とハウス物の2タイプの生産を試しております。
●露地物は、完全無農薬栽培(今後、減農薬栽培にシフトします)で、じっくり時間をかけて育てており、がっしりした感じで、萎れにくく糖度も比較的高くなっております。(今年、夏の栽培でも露地栽培のようにじっくり育てていると一定の期間を過ぎることで糖度が上がる現象を見つけました。)
●ハウス物は、減農薬栽培でストレスをかけずに走り去るように育て上げますので、みずみずしく柔らかいのが特徴です。
●茎の糖度は露地物で6度くらい、ハウス物で3度くらいです。夏のほうれん草は冬のジャグロンズほうれん草のように「生でバリバリ」というようにはいきません。いずれも、ほうれん草の風味が強いので、ほうれん草が苦手な方においしく食べて頂くには、料理人の力を借りる必要があります。
●夏の露地栽培で比較的糖度の高いほうれん草が出来たので実際に食べてみました。甘みも少し感じますが、風味が強くニガウリ(ゴーヤ)の苦さのような風味も感じました。この風味、ニガウリのように夏ばてを防ぐ栄養価があるかもしれないと感じました。実際はどうか分かりませんので、これから研究所と連携してこのような風味の成分や効能などを調べていけたらと考えております。
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「凡事徹底」

「凡事徹底」とは、イエローハットの鍵山秀三郎さんのスローガンですが、掃除だけでなくほかのことにも当てはまると思います。今日は早朝から工場などで取り上げられている5S運動について再考し、自分なりにワンフレーズにまとめてみました。「整理・整頓・清掃・清潔・躾」ぱっと見ただけでは、当たり前のように感じてしまいますが、私は全然出来ていません。これが出来るようになったらどんなに気持ち良いだろうと想像しました。まずは、普段の生活から5Sを身につけるように3Sから実践していきたいと思います。思い立ったら吉日。「凡事徹底」、今日から早速実践してみます。

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奥山さんご夫妻

 今日、奥山さんご夫妻がうちに来てくれました。私の両親の知り合いで、私が美郷町に入る前のビニルハウスハウスの準備等では、大変お世話内なっていました。私のほうれん草の生産技術に大変興味を持って頂き、今日は種まき作業について勉強したいとのこと。技術は安易に人に教えては損という考えがありますが、私は今日知りうるすべての情報をご夫妻に開示しました。また、折角ご夫妻そろって見えたので、今日は、ジャグロンズの活動について説明させていただきました。大変関心を持って聞いていただき、研究所時代の私の研究資料を持ち帰っていただきました。
 私の技術はまだ現場での実証が不十分ですので、今は、私の両親の協力を得て生産活動に着手してますが、両親も3年も経てばだいぶ年をとります。ご夫妻は私の両親よりもまだ若いので、ある程度生産と販売経路にめどが付いた段階で、事業が安定した段階での生産事業の継承と地域の柱となってジャグロンズの技術を活用していただけるような立場になってもらえたらと思います。今後私は、技術開発と販路の開拓に重点を置き、生産拠点の仲間に対しては研修を含めた若い人材の流動的活用(提供)、このほか高齢者の有効活用等を視野においた活動に力を入れていけたらと思うのです。


ほうれん草ソムリエ

ソムリエは、レストランやバーでワインを楽しむためのアドバイスをする資格(職業)である。

世界には無数のワインが存在し、料理や予算、志向に合ったワインを見つけるには、深いワインに対する専門知識が必要となる。ソムリエは長い年月をかけてワインに関する知識を蓄え、ワインを楽しみたいと願う顧客の要望に応える。単にワインに詳しいだけではなく、料理や文化に関する深い造詣と巧みな話術が求められる。欧米では優秀なソムリエは多くの人の尊敬を集める。
http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_career/w003837.htmより)

上記の「ワイン」を「ほうれん草」に変えてみると下記のようになる。

我が国には数多くのほうれん草が存在し、料理や予算、志向に合ったほうれん草を見つけるには、深いほうれん草に対する専門知識が必要となる。ほうれん草ソムリエは長い年月をかけてほうれん草に関する知識を蓄え、ほうれん草を楽しみたいと願う顧客の要望に応える。単にほうれん草に詳しいだけではなく、料理や文化に関する深い造詣と巧みな話術が求められる。

私は、当面、ほうれん草ソムリエになるつもりでやっていきたいと思う。

藤原隆広


ほうれん草 プレミアムパック

お客様のご要望をお聞きしていると、時々どうしたら分からなくなることがあります。そのときは、私の畑に来て、実物を直に見ていただきます。そうこうしているうちに、お客様がどのようにほうれん草を利用していただいているかが分かってきます。そして生まれた「プレミアムパック」。これは、魚介類や肉などをほうれん草に包んで調理することを前提に企画しました。お店に納入させていただくまでの手間がかかりますし、ほうれん草の廃棄率も多くなってしまいますが、お客様により満足していただくことを考えた商品でもあります。この商品が右の写真(ラ・パルム・ドール様ご提供)のような作品に変身します。なお、箱の手前の色の薄いほうれん草は、油で炒めたりするときに使っていただく、乾物率が高い甘いほうれん草です。
 


完璧じゃないジャグロンズのほうれん草

 私の目指す野菜の生産小売業の確立、ご提供のターゲットはズバリ近くに住むご家庭の食卓、それと味にこだわり、おいしさを追求するレストランの食材に採用していただくこと。ジャグロンズのほうれん草の強みは、極端な甘み、それと(摂りすぎは体に良くないとされる)硝酸塩の含有量を限りなくゼロに近い数値でご提供できることの2点です。しかし、外観があまり良くないこともあって、外観を最優先する青果市場などではいまのところあまり高い評価を頂けません。現在は、畑の近くの住民の方と数件のレストラン様から高い評価を頂いて継続的にご提供させていただいている状態です。
 先日新しいお客様の開拓のために営業に回ってきました。その中の一つのお店に試供品のほうれん草を食べていただいた感想をお聞きすると、「おいしいけど甘みが強すぎてちょっと使いにくい」とのこと。ジャグロンズほうれん草は個性が強すぎます。別のお店のシェフには、私のほうれん草に強い関心を示していただいており、色々と試作品を作ってい頂いているようです。やはり、料理の種類によっては、強すぎる甘みが「仇」となってしまうことがあるようです。いろんな料理人の方が私のほうれん草を使っておいしい料理に変身させようと工夫してくれている。ほうれん草屋冥利に尽きるというか、「うれしいです」。 ジャグロンズの目指すところは、「農業技術を追求しおいしさと健康と文化を創造する」こと。プロの料理人とのコラボレーションは「文化の創造」にもつながると思います。まだ、私の事業は、ビジネス的にはまだ軌道に乗っておりませんが、私の活動は世の中の役に立てることなのではないかと感じています。ほうれん草の生産小売業、じっくりと継続していきたいと思います。


ほうれん草の葉色で甘さが分かる?!

 この冬、ずーっとほうれん草畑で仕事をしていて、Jagronsほうれん草についていろんなことが分かりました。その一つが、葉色と味との関係。茎があまーいほうれん草は決まって葉色が淡い緑色だということです。
 普通のほうれん草づくりでは、葉色が濃い方が好まれる傾向があります。私の作るほうれん草もはじめは、はじめは濃い緑色をしていますが、甘みを増すためにしばらく畑でねかせておきます。そうすると、葉色がじわじわと薄くなってきます。そして一番甘い状態が葉が黄色くなる前の一歩手前なのです。
 私が冬のほうれん草栽培で主に使用している品種は「トライ」というごく普通の品種で、特においしいといわれる品種でもありません。この品種で、葉柄基部の糖度10〜14Brix%というびっくりするほど甘いほうれん草が出来たのはほうれん草栽培歴6年のわたしでも今年が初めてです。このおいしさが続くのもあと1ヶ月程度と予想されます。この間に出来るだけ多くの方にジャグロンズほうれん草を食べていただきたいと考えております。そして、来年も時期が来たら同じおいしさのほうれん草をご提供できるように頑張りたいと思います。


生産小売業(ものづくりとサービス業の融合)

 農業生産の技術を追求し、おいしくて良い物を直接お客様に提供したい。それが私の望みです。ほうれん草を作りはじめたころ、ほうれん草を売るために色々な方面に営業に回りました。そのとき、野菜の流通に関わるベテランの方に、ほうれん草は、味は2の次、見た目が一番大事なんだ。と言われたことが非常に強く記憶に残っています。それもしょうがないことなのかもしれません。現状のスーパーなどでは、見た目以外に判断材料が無いのですから。私には素直に同意することは出来ませんでした。消費者の利益が後回しにされていると感じたからです。そこで私はおいしいほうれん草を作って、お客様をびっくりさせたいと思い、小売り事業を始めました。小売り事業はサービス業です。サービスの内容は、@感謝を形に表す挨拶ともてなしの心。A商品に関する情報の提供、以上の2つです。畑の近くには1000件以上の住宅があります。ココの皆さんに、普段食べるほうれん草として、Jagronsのほうれん草を選んでいただきたいと思い、ほうれん草まつりを開催しました。まつりの前に広告を配布してた結果、当日は4.5%のお客様が畑に足を運んでいただきました。これからも、おいしい野菜を食べていただき、地域の皆さんの健康維持のお手伝いが出来れば幸いと感じております。
 もう一つ、私が大切にしたいお客様が、味にこだわるレストランの皆さんです。私のほうれん草を巧みな技術で、芸術的な作品に仕上げてお客様の特別なシーンに提供していただく。これも私の楽しみの一つです。料理人の皆さんは、それぞれの得意な分野でJagronsのほうれん草を十人十色の作品に仕上げてくれます。このHPでは、Jagronsほうれん草がどのようなお店でどのような作品に仕上げられていくかについても紹介していきたいと思います。