Jagrons 農業技術を追求しおいしさと健康と文化を創造する

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「1合升に2合は入らない」

●最近、農作業は忙繁期、秋田の事業の立ち上げにも忙しくしている。私の仕事を見た親が、「1合升に2合は入らない」無理をするな。と助言をくれた。確かにそうである。
●ところが、待てよ。自分は本当に1合升なのか?それは、やってみるまでわからないことなのである。「2合」を目指して一生懸命、仕事なり勉強なりに打ち込めば、それは今は「1合升」でもいつか「2合升」になる可能性を秘めているのではないか。私はそう思うのである。
●何にでも1度自分で挑戦してみること。挑戦したいと思うこと。それが、若さの象徴である。頭で判断することも大切だが、一度自分で体を使って実践してみること。それはもっと大切だと思う。「1合升に2合は入らない」、これを思いやりの言葉と捉えて、明日からまたがんばりたいと思う。


「渡り」の季節

☆ちょっとブログの執筆あけてしまいましたので、近況報告をお知らせします。
●ジャグロンズにも春の「渡り」の季節がやってきました。「渡り」というと、官僚の「渡り」というのもありますが、ジャグロンズの「渡り」は、季節の変化にあわせて生産拠点を移動する「渡り鳥農業」の活動の一つなのです。今の時期は、三重県の安濃津拠点から、秋田県の美郷拠点に移動します。
●今年も、ほうれん草の周年生産は継続しますが、ジャグロンズの農業は、「適地適作露地栽培」。機械化農業を目指しています。なので、美郷拠点でのほうれん草生産は、月産1t以下になります。これに変わって、力を入れているのが枝豆生産です。去年は20aでしたが、今年は2haを予定しております。露地野菜生産は、スケールがでっかいのでやりがいがあります。これからも「ジャグロンズ」にご注目ください。
★僕は明日、一度秋田に向かうため不在になりますが、今週末(土日、9時30分〜11時30分)も、安濃津拠点で、直売を行います。商品は夏系ほうれん草「キングタイプ」になります。よろしくお願いします。


ナイスガイ

先日、長年おつきあいのある青森中央大学の塩谷未知先生のメルマガ「ねぶた通信」におもしろい記事が掲載されていた。その一部を紹介させていただく↓
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■若者、バ○者、よそ者
活性化している地域の多くでは元気の中心に、標記の「若者」「○カ者」「よそ者」がいる。この三つの「者」がチームワークや組織力を発揮して、地域に波紋を呼び起こし、地域が変わり出している。最初は一人、しかし何かを形にし継続するにはチームが必要だ。
■新規事業における一人○○ガイと三人のバ○
今から30年くらい前のこと。新規事業開発の支援をしていて、新規事業の企画と推進について教えを乞いに大手電機メーカーさんを取材した。その時に相手をしていただいた、新規事業担当の部長さんが漏らした一言が忘れられない。「新規事業は論理だけでは難しく、『一人のキチ○○と三人の○カ』がいないと成功しない」。一人でできることは限られているので、組織的に動かないと新規事業は形にならない。どんな小さなことでもアイデアを形にするには、リーダーとフォロワー、巻き込む人と巻き込まれる人の両者の存在が大切。(中間・・省略)  リーダーシップは、フォロワーシップがあって初めて成り立つはず。また、組織中ではフォロワーシップを経験してこそ、リーダーシップを発揮できるのではないか。(以上、ねぶた通信より引用)
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◆そうだったか、僕も農業界からすると、「若者、バ○者、よそ者」で3ある。なにかできるのかもしれないなあ!
◆僕が新規事業における「ナイスガイ」というのも、当てはまるのかもしれない。とすれば、ジャグロンズの他のメンバーは馬と鹿!?。うちには、馬野いるけど鹿はいないしなあ。
◆そうだ!!ジャグロンズは、新規事業における一人「ナイスガイ」と「三人のバツグン衆」ということにしておこう。新規分野の融合により農業分野での「黒船」を目指すジャグロンズ。チームプレイが大切なことはメンバー、一人一人が感じているところである。


がんばれ業務用野菜チーム

●今日、久しぶりに、古巣の研究室に立ち寄った。私が新人研究員時代からの先輩にほうれん草収穫の機械化についての情報を得るのが目的である。しかし何となく、先輩に元気がない。会話のキャッチボールの中で感じるのは、正直、閉塞感である。もし、先輩が経営者だったら、私は間違いなく距離を置くだろう。一緒にいてワクワクしない経営者とは良好な関係は築けないと考えるからである。
●先輩はこれから、日本の農業を考える上で大きな役割を果たすべき業務用野菜チームの責任者となる身分である。今後、以下の3つを意識して職務に当たって欲しいと思う。
☆人の意見を自分にあわせさせるのではなく、共感を得るように自分の考えを提案しそれを受け入れてもらうよう努力すること。
☆答えを導き出す方法は一つではない、相手の出来ない理由を指摘するよりも、どうしたら目標を達成できるかを考え、ともに知恵を出してもらえるような環境を作ること。
☆チームの力を引き出すのは「強引な理屈」ではない。「強いハート」である。トップダウンではなく、やる気のある人間を最大限に尊重したチーム作りに心がけて欲しい。
●以上が、チーム「ジャグロンズ」の代表として、数年間「チーム長」を経験してきた「先輩」としての私からの、先輩へのエールである。現在の先輩のポジションは、私からするとかなり大きな仕事を出来る立場にあるし、時代に乗った魅力的な成果を挙げることが出来ると思う。もし、その機能が十分に果たせないのであれば、組織としての価値は無いものとなる。
●現場活用型の研究の場合、研究所内には、あまり大きなヒントは落ちていない。大きなヒントは生産現場にある。是非、スタッフのメンバーが気軽に生産現場に飛び込んでこられる環境を作って頂きたいと思う。ただし、「評論家」としてではなく「共に未来の農業を作ってゆくパートナー」として飛び込んできて欲しい。
●もしそのような環境が実現できなければ、組織はなくなる。そのときは、私たちに私たちジャグロンズの出番である。私たちには民間の企業としてその役割を果たす準備は出来ている。チームの皆さんには民間企業にその役割を譲るようなことがないよう、気概を持って職務に当たっていただきたいと思う。
●以上、歯に衣着せぬ「出来の悪い後輩」からの先輩へのエールである。生活環境が変わるので、決してお酒だけは飲み過ぎずに(虎にならないように)、お体に気をつけてがんばってください。


今のジャグロンズには勢いがある!

●ジャグロンズは、4人のメンバーのうち、倉島は現在、厳しい修行にでているため留守である。現在、藤原、倉光、馬野、そして、ニューフェイスの中村友紀が参加して、チームワークの毎日である。中村は、三重大学大学院で生物資源科学を専攻、修士号を取得して今春卒業した。そして彼女はジャグロンズ参加への道を選んだ。過酷な作業も弱音を全く吐かずに、黙々とこなすタフな仲間である。
●さて、ジャグロンズの朝は7時から始まる。そして約1時間の打ち合わせ&事務作業の後、畑の作業(馬野は圃場で生産管理)、販売部隊の遠征(今日は倉光が三重県庁での販売活動に挑戦)、渉外活動(藤原は今日は軽トラで約100kmを走破)など、個々の役割をこなす。必要とあれば、夕方からとことん打ち合わせをこなす。ジャグロンズのミーティングはかなりタフである。元ITコンサルタントの馬野が、外資系仕込みの超合理的議事進行を取り仕切る。今日は22時までの仕事であったが、目に見える進展があったと思う。みなさん、1日15時間の激務ご苦労様でした。1日2日分の仕事でしたが、みんなが主体的に仕事をこなすので、1日があっという間にすぎていくように感じる。今のジャグロンズには勢いがある。


ジャグロンズ4人衆

ジャグロンズの活動も4年目を迎えました。4年目は4人の生産者でスタートします。ジャグロンズの歴史からすると第3ステージという位置づけです。皆さんよろしくお願いします。


八百屋さんの矛盾

●築地の市場に行って、何人かの八百屋さんとお話をする機会を得た。そこで、一つ分かったことがある。長年商売として野菜を売っている社長さんが次のようにおっしゃった。「ほうれん草は見た目が大切」見た目が良いものが売れるんだよ。「でも、おいしくないけどね」。築地青果市場出身の倉光も言う「八百屋さんが売るホウレンソウと家に持って帰るほうれん草は違うんだよ」
●それが業界の常識のようだ。しかし、ボクに言わせればそれは「非常識」である。なぜ、そのことをお客様に伝えようとしないのか?お客さんはおいしいほうれん草が欲しいはず。単に、業界の怠慢なのではないか?短期的展望で言えば、野菜が売れればそれで良いのかもしれない。しかし、野菜を売ることの意味や社会に対する貢献を考えたら、僕はそれで良いとは思わない。
●ジャグロンズの営業は、単にほうれん草を売ることだけを目的とするものではない。実際に食べるお客様が何を求めているかを知ることと、益荒男ほうれん草の存在を知ってもらうための活動である。私たちの益荒男ほうれん草は、食べる人に最高の満足を感じていただくために手間暇かけて作っている。その代わり、流通、小売業のお客様のためにこれまで取ってきた手間暇の行程を徹底的に排除している。
●頭を使って真剣にモノづくりに取り組んでいる生産者はほうれん草の品質を一番良く知っている。従来の流通サイドの価値観を生産現場に持ち込む農業生産は、エンドユーザー受益の視点からすると時代遅れである。
●ちょっと、流通業のみなさんに対して、毒づき過ぎたかもしれないが、八百屋さんを否定しているのではない。たしかに昨年度までは否定的であった。しかし、昨年度出会った、百匠ネットの伊藤社長と出会ったことで私の市場に対するものの考え方は変わった。常に情報を取り入れ進化しようとする八百屋さんは生産者の味方である。そう感じたことを契機に私は、全国の市場をまわることにした。そして、東京市場第1弾が今回の築地市場であった。築地市場をまわって改めて分かったこと。それは、現ジャグロンズの倉光君が残した功績である。築地の市場には今でも彼を懐かしむお客様が沢山いた。今回の私の強力なブレーンとして僕をコントロールしてくれた倉光久男君には感謝している。


希有の人物「クラミツヒサオ」

アグリビジネスの世界では、生産者から八百屋業的な業態に業態替えする方をたまに目にする。しかし、生産者から流通業への業態替えはあり得るが、流通業から生産者への業態替えはあり得ないと言っていい。それは、利益がでにくいポジションであるからなのかどうかは分からないが、とにかく見たことがない。いや一人だけいる。ジャグロンズの「倉光久男」その人である。彼は東京築地の青果卸売市場に勤めていたが、ジャグロンズに参加するために、「清水の舞台から飛び降りた」。日本の農業を魅力あるものにするには、作って売れる農業生産団体の存在が不可欠である。彼のような人材の能力を引き出せないようであれば、ジャグロンズに明日はない。いや、日本の農業に明日はない。


「餅屋は餅屋」!?

●「餅屋は餅屋」という言葉あがる。例えば、農業では生産者と流通業、小売業があり、お互いが役割分担している。ところがである。生産者が生産ばかりしていると。どんなものをエンドユーザーが望んでいるかに疎くなる。流通業社が目先の流通ばかりをしていると、儲けりゃいいとなってしまう。小売業者が小売り業ばかりしていると、「如何に安く仕入れて、大量に売るか」または「如何に安く仕入れて高く売るか」となってしまう。これでは世の中が変になってしまうと私は思う。
●そこで私は提唱する。米農家(生産)、米屋(流通)、餅屋(小売り)としたとき、米農家が餅を作って直接販売したり、米屋が餅を作って売ってみたり、餅屋が米を作って見たって良いと思う。ただし、全体の収益構造の20%以下の範囲内で。「餅屋は餅屋」になれてしまうと、餅屋は本当の能力を発揮していない場合もあると思うのである。今の世の中、米屋が餅屋よりおいしいおもちを作っちゃうかもしれない。そういった危機感が、餅屋を燃え上がらせ、本当に良い餅を作るようになると思うのである。
●私たちは、生産現場のことを理解しようとする餅屋さんと取引をする。決して、餅屋の理論や慣習を米農家に押しつけるようなスタイルの餅屋さんとは取引をしない。もし、私たちと共存できる餅屋さんがいなければ、私たちが理想の餅屋を始めるしかない。それも、全事業割合の20%以下の範囲以内で。きっと、私たちのモデルケースを見て、餅屋は変わるだろう。もっと良い方向に。やっぱり「餅屋は餅屋」なのである。
●私たちジャグロンズは農業生産を行う組織であるが、そんな私たちも、八百屋の機能を身につけたいと考えている。それも全体の20%以内の範囲で。「餅屋は餅屋」。私たちの基本スタンスはあくまでも農業生産である。


ジャグロンズ諸君へ

●新技術の先導的実践者として明るい農業を切り開け。
●無理・無駄・無関心の3つの無を徹底的に排除せよ。
●暗い顔をした人をも笑顔に変えるサービス精神をもて。
●常に5Sを意識したもの作りを実践せよ。
●世の中の変化を超える変化を続けよ、そこに新しい時代をリードするフロンティアへの道が開ける。
●進化は多様性抜きにしては語れない。人と違うことを恥じるな。人との違いが如何に世の中に活用できるか考えよ。そこに本当のチームプレイヤーとしてのアイデンティティーが生まれる。
●不動のものは何があっても動かすな。死んでも動かすな。


「土」は始まりであり到着点ではない

●農業というと「土」。最近私が思うことがある。「土」は農業の原点であり出発点ではあっても、私たちの農業では「土」は終着駅であってはならないと。すべては土から生まれるのも事実、しかし「土に帰る」とは即ち死を意味する。●農業には下を見る農業と、空を見上げる農業がある。私たちの「渡り鳥農業」それは空を見上げる農業である。鳥が土に帰るとき、それは終わりを意味する。●露地農作物生産を軸とした移動型農業それが私たちのスタイルである。私たちの農業は、常に動きと広がりを持つところに特徴がある。このスタイルがいつか世の中の役に立つときが来ることを私たちは確信している。●人は常に無意識のうちに生と死との間で生きている。万物には終わりがある。人、企業、宇宙、すべてに終わりがある。終わりがないものなどない。一方、終わりがあるから、美しいのが日本人の美意識でもある。いつか、終わりを美しく感じることが出来る時が来るかもしれない。しかし、今は全くそうは感じない。それは、私たちジャグロンズが、まだ土から生まれたばかりの会社だからかもしれない。決して土には帰りたくないそれが今の正直な気持ちである。


自転車に後ろ向きに乗る

●子供の頃、自転車の荷台に後ろ向きに載って(二人乗り)遊んだ経験を思い出した。ジャグロンズのメンバーに聞いたら、誰一人そんな経験はないのだという。そこで、外に出て荷台への後ろ乗りを経験してもらうことにした。体が大きい人もいるので、原付の荷台に腰掛けてちょっとだけ農道で走ってみた。私は前向きでバイクの運転手。

●私の背中に背中を押しつけて乗るメンバー、前屈みで荷台にしがみつくメンバーそれぞれの乗り方はみな違うことに気がついた。そして、感想を聞いてみると、どこで曲がるかわからないので怖い、との感想が一番多かった。

●何でこんなことを体験してもらったのか。私はあることを感じて欲しかった。ジャグロンズは活動の浅い農業ベンチャー企業。常勤の構成員のメンバーは皆生産者(経営者)。一人でも、受け身で活動したら、めまぐるしく変わる情勢にとてもついてはこれない。「トップの指示がや方向がころころ変わる」とか「先が見えない」とか不満ばかりが積もるに違いない。

●それは、まさにオートバイの後ろに後ろ向きで乗るようなものである。大きな車(大企業)なら後ろ向きに座っても全然怖くもないし問題にもならない。しかし、これから上昇していかなければならないベンチャー企業は常に最適解を求めて変化(進化)を続けることが宿命なのである。進化のできない企業は滅びる。「現状維持」はそれすなわち「後退」を意味する。

●ベンチャー企業でいい仕事をして楽しくやっていくためには、常に攻めの姿勢が不可欠である。ジャグロンズのメンバーには自転車を後ろ向きに乗るようなことはして欲しくない。そう感じたので私が小学校時代に体験したことを皆に体験してもらったのである。


私たちの目指す農業

●農業ブームと言われてだいぶたちました。そろそろブームも終わりでしょうか?●昨日、農業に関するTV番組のVTRをジャグロンズの仲間で鑑賞しました。「トップリバー農業」「農業生産法人みずほ」「サラリーマン農業:新福青果」豪華3本立てです。いずれの会社も独自の会社のシステムを実践している点が大変参考になりました。●農業はブームですが、ただ作るだけの農業でビジネスとして成功している人はいないように思います。今回勉強した3つの会社は、既存の流通経路に頼り切りにならず、時には既存の流通組織と対立しながらも、かなりのウエイトを営業・販売にかけている。それが、私たちの共通した感想でした。●ブームが終わっても、農業はなくなりません。ブームが去ったそんな時代も、私たちの事業が継続できるような仕組みを、これからもみんなで築いていきたいと思います。


残念なこと

●昨日、能代市の園芸作物の生産現場を視察する機会を得た。長ネギ、チンゲンサイ、メロンなどの生産現場である。生産現場の方と話していて非常に残念で心が痛む現状に直面した。「値段が安いのでそれに会わせてものを作らなければならない」と言う現状である。●ネギやチンゲンサイなどは、キャベツレタスと同様、なくてはならない野菜である。一方、エダマメ、トウモロコシ、メロンなどの嗜好作物は特になくても困るものではない。●メロンは、アールス系の品種を親とする「秋田甘えんぼ」という品種が栽培されていた。この品種は、秋田県の農業試験場で育成された品種で、季節によっては静岡のアールスメロンよりおいしいとのこと。しかし、生産現場に導入しても、値段が付かなくて普及の足かせになっているとのこと。県の普及所の方が、値段が付かない理由として、次の2点を挙げられていた。@秋田県が後発産地であること、A雑メロンというカテゴリーにはいると言うこと。これを聞いて、私は非常に残念に思った。この二つのポイントは、流通業者の人のものの見方であって、実際に消費するお客様にはあまり関係ないのではと思うのである。実際の消費者のお客様は、@おいしくてA手頃な値段で高級メロンと同等の味が味わえるのならそれで十分満足していただけるのではないかと思う。●メロンは、手間がかかるうえ一株当たりの出荷個数が限られている。施設・資材費・労働費等をあわせて生産コストを試算すると、販売希望価格が明らかになるはずである。それを、流通業界の人との話し合いの中で実現できない場合、モノづくりに自信を持っている人は、もっと積極的に生産物を売り込もうともがいても良いような気がする。私もこれからは、もがけない農業者は生きていけない時代になるだろう。私も生産者の一人としてこれからももがいて行こうと思う。もがいた先には、きっと明るい時代が待っているはずだ。


「不可能」だから出来る

●ジャグロンズの取り組みは、すべてが完成されたものばかりではない。時には、誰もやったことのないことに挑戦した結果、客観的に観て、失敗(上手くいかない)する時もある。こういう件に対して、好意的に次のようなアドバイスを頂くことがある。
◆「人がやらないことには、それなりの理由がある。上手くいかない理由を見つける必要がある」
●もっともな指摘である。しかし、うまくいかない理由を見つけてそれで満足してしまっては意味がない。その理由をどう理解して乗り越えていくかがジャグロンズの精神である。
●松下幸之助氏は次のように述べている。
◆「ものごとというものは、できることでもそれをできないと思っているかぎり、やはり実際にできないのではあるまいか。反対に、できそうでないことでも、何とかやればできると考えて努力すれば、往々にして案外できるものではないかと思う。人間が空を飛んだり、月に行って帰ってくることさえできることを思えば、少々のことでできないと考えることは、むしろ人間の優れた可能性を押しつぶしてしまうことになるのではなかろうか。だから、困難に直面した場合は、それから逃げてしまうのではなく、それを乗り越えていくよう勇気をふるって立ち向かうことが大切である。そういうところから、思わぬ知恵と力も発揮され、自他ともにより良き成果を得ることもできる場合が少なくないのではなかろうか。「決断の経営より抜粋」」
●やってみることが重要である。そして反省してまた次の策を考える。フロンティアスピリッツを持った仲間が、近くに何人かいることが私にとって大きな財産である。


人間関係の「連作障害」

●連作障害とは、同じ農作物を続けて作付けすることで、作物に病気がでやすくなったり、土の成分バランスが崩れたりすることで、野菜の作柄が悪くなることを言う。
●私がかつて、国家公務員として研究機関に勤務していた頃、「全国転勤がある職場は大変だねえ」と言われたことがある。しかし、私からすれば、転勤のない職場ほど人間関係が大変なように見えていた。例えば、平成の市町村代合併前の役場などは、ずっと同じ人たちと顔を合わせているわけで、息が詰まりそうである。人間関係にも「連作障害」はある。人間関係でも適度な「連作障害」対策が必要である。
●今日、九州福岡の生産者の方と電話でじっくりお話しする機会があった。話題の中心はシュンギクの連作障害についてであった。話題は多方面にわたり、農業は、生産者同士のつきあいがあるけれど、すべてポジティブな考え方の人ばかりでなく、長くその土地で農業をやっていると、色々とつきあいも大変だということであった。そう、農業についても「人間関係の転作障害」は存在するのである。
●私たちの実践している「渡り鳥農業」は、まさに人間関係の「連作障害」対策として非常に有効な手段なのである。


「渡り鳥農業」

●現在のジャグロンズの農業におけるモノづくりの基本コンセプトは、水田を活用した野菜作りであり、露地野菜生産がメインである。露地野菜は天候、殊に夏から秋にかけての台風に極端に弱い。このリスクを避けて地域に根ざした農業生産をするには施設園芸が選択の一つ。しかし私たちジャグロンズは、あえて施設生産を選択せずに、生産拠点をリレーする「渡り鳥農業」を選択した。
●「渡り鳥農業」は、一見非効率のように見える。実際、ビジネスに造詣の深い何人かの方々からその非効率さを指摘されたことがある。しかし、味方によっては多くの利点がある。これから、「渡り鳥農業」の良さについて少しずつ紹介していきたい考えている。


頑張っている農協さん

先日、公的農業政策の支援事業の関係で、町役場にお伺いしたところ、農協の高橋さんを紹介していただいた。公的サービスを受けるのに、私たちと同様の営利事業を営む農協さんにお世話になるのは非常に恐縮した。私が逆の立場なら、そこまでしてあげられるだろうかと思った。そこで、入力様式(エクセル形式)のファイルを頂き、自分で書類を作成することにした。●このフォーム、非常によくできている。誰が作ったのだろうと興味がわき、調べてみた。県の担当者も、町の担当者もそんな形式は知らないと言う。高橋さんが、自分で作ったもののようである。農業が厳しいこのご時世、何かと批判の矢面に立たされる農協さん。伊達に避難を受けているわけではない。公的機関がやっても良いようなサービスもこなしてくれている。このようなサービス事業には、町の税金を使っても良いのでないだろうか。町から、農政の担当者を農協さんに出向させるだけでも、かなり効果は現れそうである。そういえば、紙マルチ直播栽培でおつきあいを頂いている山形県最上町役場の石山さんは、農協出向経験がおありであることを思い出した。●役人の世界では、やるべき仕事を他に回して仕事をいかに少なくするかに能力が使われる傾向があることを、思い出した。農協さんも公的職務は、役所等に回して、あいた時間を生産者の作った農作物を適正価格で売り込むことに回したらもっと農業の現場は活気付くようにも思う。●最近色々とお世話になっている美郷町役場の農政課の奥山さんは、4月から新しく移動になってこられたばかり。一刻も早く農政のプロとして農協の高橋さんを超えるサービスをこなせるようになってほしいと思う。僕自身役に立てることがあれば何か力になれたらとも思う。●農協さんも、役場の農政課の職員のみなさんも仕事が面白くてしょうがなくなるような農業生産の現場。そんな現場を作り上げることを夢に掲げて私たちジャグロンズは、微力であるが日々の活動を続けていきたいと思う。


「陸の孤島」

●秋田での生活も2ヶ月半となった。この間、いろんな方とお会いし交流を深めることが出来ている。
●そこでひとつ気になる言葉がある。秋田は「陸の孤島」だから・・・との表現。もちろん、良い意味で用いられているのではない。「わたしは雨女」「僕は雨男」的な用法。このような考えは、負のスパイラルに陥りそうで、よろしくない。このような思考の人とは、距離を置くか、自分のエネルギーで相手の思考に変化を加えさせていただくしかない。ただし、相手の思考を変えることはかなり無理が有ると思う・・・
●「陸の孤島」、、、江戸時代、鎖国政策をとっていた日本はまさに「孤島」であった。しかし、孤島であったからこそ、独自の文化を発達させることが出来、この文化的産物は、文化力を誇るフランスからも高く評価されることになる。
●もし秋田が「陸の孤島」であれば、何か他のすばらしい文化が見つかるはずである。「陸の孤島」は、何か宝物が隠された「宝島」でもあるような気がする。秋田県民のみなさん、みんなで宝物を探そうではありませんか!!


彼は研究者ではない農家だ!!

●「彼は研究者ではない農家だ!!」平成6年10月、農林水産省入省後の6ヶ月研修を終えて配属になった、野菜・茶業試験場生理生態部作型開発研究室。そこで1年ほど研究の仕事に従事していたとき、他の部に所属する先輩が、フランス人の研究者(留学者)に僕のことを紹介したときの一言である。
●当時、私は、農業振興のためには、国の研究機関でも生産現場に直接役立つ仕事をする必要があるとの気運が高まる中、地域先導技術総合研究(地域総合研究)という生産現場を舞台とした研究の担当を命じられていた。それまでの、国の研究機関は、公立研究機関等との仕分けの観点からも、現場に出向くことは、少なかったが、私の仕事は、地域のキャベツ生産者の畑にせっせと足を運んで、現場の情報や問題点をすいあげて、それを解決していくというスタイルのものであった。試験場内にも常時自分が管理する30a程度のキャベツを栽培していたように記憶している。
●現在、三重と秋田の農場を使い分けて、周年で野菜を生産しお客様に供給する「生産小売り事業」に取り組んでいる私は、名実共に「農家」である。であるが・・・・しかし、私は、客観的に成功する農家(生産者)にはならない(なれない)ような気がする。私は、農作物を作ることも好きだが、それを直接お客様に届けることも同じくらい好きである。本当にお客様に喜ばれるものを作りたいし、そのためなら「ペン」の力を使うこともいとわない、、お客様の笑顔を見るためにならばどんな手段も使っていく覚悟である。いつか、「彼は農家なんかじゃないとか、農家として認めない!!」なんて声が聞こえてきたら、それは私にとって最高のほめ言葉である。
●私は「農」の一文字にすべてを託して、仲間と一緒にあるべき方法に進んでゆきたい。


農産物の「ポルシェ」を作りたい!!

●仕事柄、いろんな経営者の仲間とお話しする中で、仕事をがんばって将来ポルシェに乗るぞ!!と宣言してがんばっている仲間が何人かいる。自分のモチベーションをあげる上で大変良いことだと思う。「僕は、どうだろう」と自分に問うてみると・・・乗りたい車は、町乗り用としてマツダの「デミオ」、そして遠乗り葉としてはホンダの「アコード」あたりといった具合になる。●それよりも、僕は、農産物の「ポルシェ」を作りたいと思う。こんなことを言うと「何を言っているのか」ということになるかもしれないが、スポーツカーに特化し、力強さとデザインを追求したモノづくり、これも十分にすばらしいモノづくりだと思う。●地域のみなさんに食べてもらえる地産地消のモノづくりも大切だが、それは特に僕がやらなくても多くの生産者のみなさんが頑張っておられる。僕は、農産物の「ポルシェ」を作りたい!!そして、次に、その「ポルシェ」を作る人を育てたい。そして、全国で作った農産物を東京、大坂、名古屋、しいては北京や上海などの海外にも流通させたい。それが僕の夢である。●国産の農業技術を活用して生産された農産物で外貨を獲得する。そんな時代を想像するとわくわくする。わくわくしながら、今は、やりたいことをとことん追求していきたいと考えている。


先人の知恵


★↑「この株は、今、分けつしようと必死に踏ん張っているところなのだよ」と先人はいう。
●ここ数日、いろんなところに出かけて田んぼの稲の観察をしている。そして、昨日、美郷町内にある大坂さんの田んぼに立ち寄ったときのこと(大坂さんには再生紙マルチ直播栽培をちょっとだけ試していただいている)、ちょうどそこに大坂さんが現れ、そしてもう一人のご年輩の男性が車を止めて話しかけてくれた。その方は、高橋さんという同じ町内の方であった。高橋さん、大坂さん二人とも70歳を超えているが、現役の稲作農家でもあり、米作りの技術について語る際の目の輝きが違う。お二人とも少年の目の輝きを持った大先輩である。夢を追うのに年齢は関係ない。これまでにいろんなことに挑戦してきた先人の知恵にふれることで、私たちはそのスピリッツを感じ、後世に伝えていく使命があるように感じた。「また会ってお話を聞きたいな。」そんな感じを受ける先人がここにはたくさんいるように思う。


人が関わることで生まれる美しさ

●津市にある曹洞宗のお寺、四天王寺で、座禅をさせていただいた時の話。座禅、作務の後に庭園を眺めながら副住職とともにお茶と茶菓子を頂く。目の前にある庭園は美しく、日々移り変わる景色でもある。その美しさは、白神山地のブナの原生林の美しさとは異なるものである。庭園の美しさ、それは、適度に人の手が加えられたところにある。毎日の作務の積み重ねがあってその美しさは保たれるのである。
●5月16日〜22日までの間、参加者4人でジャグロンズブートキャンプを開催した。ハードな肉体労働とハードなミーティング、そして秘湯での癒し、この3本柱からなるブートキャンプ。4日目は、朝5時からの農作業。地域の地主さんから新しくお借りした美郷町にある異なる二つの畑(合計20アール)に、4人で畝をたてた。桑を持ってのマルチ張り土寄せ作業は久々のハードワークである。作業に当たった二つの畑は、大きく表情が異なった。一つは、耕作放棄地であり、作畝がしにくくいうえ、クワを使っての作業も非常にたまどった。なんかゴミの混ざった土をいじっているような感覚である。もう一つの畑は美しいまでの外観で、土の一粒一粒が心に何かを訴えてくるようである。なんか食べてしまえるような気がする土である。黒ボク土壌のその畑は、昨年亡くなった藤原家の本家のおじいさんが丹誠込めて耕作していた畑である。
●美しい庭園と美しい畑の共通点、それはこまめに人の手が加えられたところにある。自然と人の営み(人工)の調和。それが、この美しさの本質であろう。また一つ農業のすばらしさを発見したような気がする。


お客様を選ぶことはできません

最近、いろんなお客様と商談の打ち合わせをする機会があった。
●「是非、益荒男ほうれん草をうちで取り扱わせて頂きたい。」、「できればうちだけと取引してもらえないだろうか。」●私自身いろいろと考える機会を頂いたように思う。●でも結論は一つ、どんな形態のお客様であっても私たちの「益荒男ほうれん草」を評価してくださるお客様皆一緒である。●ただ一つ気になるお客様は、、、「たかがほうれん草」とか「いっぱい売ってあげるから易くして」とかいうお客様である。たかがほうれん草だったら、他の生産者さんの安いほうれん草で事足りると思う。また、値を崩してまでいっぱい売る必要はないと考えている。良いものを売れる分だけ計画的に生産する。これが私たちの基本スタイルである。たぶんこれから、取引をしていただくお客様は、新しく新しくおつきあいをさせていただくところと離れていくところがあると思う。●それは私たちがお客様を選ぶことによるものではなく、お客様が私たちを選んで頂けるかどうかの問題であろう。


進歩には痛みも伴う

●仕事としての物づくりを継続させるには、生産コストを常に心がけなければならない。農業では、生産コスト=材料費で済ましてしまっているところがある。本当は生産コスト=材料費+人件費である。農業では人件費が無視されている。よく「人を雇用したら利益が上がらない」と言う言葉が聞かれるが、そのような状況では生産者の仕事はアルバイトと同等の仕事に過ぎない。それでは、農業経営のおもしろさが全くない。●最近は、仕事不足の中、農業に追い風が吹いているかの報道がされているが、農業で利益が上がるシステムがしっかりできあがっているかはまだ微妙なところである。今必要なのは、@農産物を直接お客様に届けるシステムを構築することと、A農業現場で働く人たちが、主体的にコスト感覚を持って仕事に取り組む環境を作ることである。●「農業現場で、のんきに農作業をして、程良く疲れてよく眠れました」そんな毎日も良いかもしれないが、葛藤や不満のない毎日に進歩はない。趣味で農業をやるのか?、農業を生業とするプロフェッショナルとして生きていくのか?農業をやるにも目的意識の違いによってその取り組み方は大きく異なる。産業としての日本の農業を背負っていくのは間違いなく後者である。●ジャグロンズで農業活動に参加してくれている仲間には、常にコスト意識を持った取り組みを期待したい。「趣味の集まり」や「仲良しクラブ」ではいけない。●私は、これからもどうしたら農業を夢の持てる仕事に出来るのかを考えて実行していきたい。そのためには常識にとらわれずにいろんなことを進んでやらなければならない。脱落者も出るかもしれないが、進んでいかなければならない。


私の物差し

●ジャグロンズの目指すところ、それは数字を媒体とした技術の実践とそれに基づく実業の実践である。
●科学と産業に橋を架ける「ブリッジビルダー」にとって最も大切なものの一つが数字である。
●篤農技術は全て数字で伝えることが出来ない。だからその代で消えていってしまう可能性をはらんでいる。このような技術を数字を媒体として捉えることで、普遍的なものに変えていくことが出来る。
●ビジネスも然り、数字が伴わない情熱だけのビジネスは脆く危うい。私がそれを実際に体験してきたのだからこれは確信が持てる。情熱は大切だし必要だ。しかし、情熱を持った人同士が集まると数字を介せずに協働をすることは不可能だと考えている。情熱家どうして協働するとき、それは非常にタフネスを必要とするし、ともすれば、不本意な方向にエネルギーが爆発し大変なことになってしまう。従って、情熱を持ったもの同志が協業をするときほどどんな小さなことでも数字を大切にしなければならない。
●情熱には「火」の性質、数字には「水」の性質がある。現在、親しいおつき合いをさせていただいている、ファーム・マエタ代表の前田豊作氏、船谷建設常務の船谷哲司氏は、内に秘める情熱と数字の才覚に優れた方々である。前田氏、船谷氏は共に「火」と「水」を使いこなすことの出来る経営者である。両氏とは今後良い協働が出来るものと考えている。私自身「火」の要素が非常に強い人間であるからこそ、「水」の要素は意識的に重要視しなければならないと考えている。だから、もしどんな小さなことでもはじめから「水」の要素を軽んじる考えを持った方とは同じスタートラインに立つことはないと思う。それが経営者としての「私の物差し」である。


決意の結晶

●最近、新聞で、派遣切り、ニート、その他、いろいろな人材があふれており、農業がその就業先として注目されているとの記事を目にする。農業の分野は人材を確保するチャンスであると。。。知り合いの農業の親方と話しをしたとき「農業をバカにするなそんなに甘いものじゃない」をの話を聞かされた。
●確かに、その通りだ。日本の農業を強くするには、このようなご時世でも、派遣切りに合わないような人材が必要なのだ。これからの「農業」は「脳業」の時代、新しい時代を切り開く気概を持った人間が取り組む分野だと思う。
●最近、ジャグロンズの活動に参加してくれている数人の人たちから大きな決断をしたとの心境を聞かせていただいた。非常に心強く嬉しかった。彼らは信頼できる仲間たちだ。
●ジャグロンズに集う仲間は、例外なく高い意識を持った人材であり、知識欲、向上心ともに高いレベルのものを持ち合わせている。
●決意の結晶、それがこれからの「ジャグロンズ」である。2009年春、それは本当の組織としてのジャグロンズの創業元年でもある。創業メンバーに不足はない。それぞれの持ち味をフルに発揮して明るい未来の「農」のあるべき姿を作っていこうではないか。


根研究会 in 銚子 で頂いた新しい世界へのパスポート

 
●11月8日、千葉県銚子市にある千葉科学大学で行われた、根研究会で、根研究会学術特別賞の授賞式に参加してきました。記念講演をさせていただきましたが講演をさせていただくことは、情報を発信することですが、情報を発信するとさらに多くの情報がこちらにも集まってくることを最近特に感じています。
●いろいろな場面で、人に評価していただき、賞を受賞することは、何か新しい世界へのパスポートを頂いたように私は思います。
●これを機会に、ブリッジ・ビルダーとして科学技術と産業との架け橋になる役目を果たして行きたいとの決意を新たにしました。自分たちには何ができ、どうすることが世の中に最も役立てるのかといったことを考え、行動して行きたいと思います。


「ジャグロンズの栽培技術」が学術特別賞受賞

●この度、ジャグロンズのほうれん草作りにたいして、学術団体である「根研究会」から、2008年度学術特別賞(The JSRR Special Prize for Applied Root Research)を頂くことになりました。http://www.jsrr.jp/
「セル成型苗移植栽培技術を活用したほうれん草生産技術の体系化と実践」 が、受賞のタイトルです。
●独自の、技術開発とそれらを組み合わせた技術体系の構築、さらには、技術の生産現場への活用への取り組みが評価されたものです。
●今、多くの食に対する不安がもたれている中、研究現場、生産現場、消費現場との間に大きな認識の隔たりが存在します。
●消費者のみなさんは、生産現場に対する十分な知識がえられないままの状況で、有機栽培や無農薬栽培といった数少ない選択肢の中から、安全や安心を確保するしかありませんでした。
●しかし、有機栽培や無農薬栽培も完璧な技術ではありません。必ずしも、お客様の求める美味しさ、収量、安全性を確保できるものでもありません。
●私たちは、「サイエンスの目」「情報」をフル活用することで「安全で安心して食べられる美味しい農作物のご提供」に努めて参りたいと考えております。
●私たち「ジャグロンズ」は、「ジャグロンズ独自の農法(ジャグロンズ農法)」を用いた、これまでにはない全く新しいカテゴリーに属する「美味しさと健康と文化に関するサービス」の提供を進めていきます。


良い物は自分で売るべきだ

●自分でものを作る。そして良いものを作ったならば、自分で売るべきだ。
●あまり自信がなかったら人に売ってもらえばいい。そうでなければ自分で売るべきだ。
●良い物を売るには、話術はいらない。そのものの良さを素直に伝えればよい。それには、作った人が伝えるのが一番。
●作る人は、その商品を知っている。だから、間違って嘘をついて売ってしまうことが起こりにくい。
●技術者が営業をして、業績を上げている会社がいくつもある。
●技術者の営業は、「倫理的品質」の面からも優位性があると考えられる。
●良いものは自分で売るべきだ。


金鉱を掘ってもはじめから「金の延べ棒」は出てこない。

●「学術団体は現場と離れているので役に立たない」そんな声が聞こえてきた。
●僕は、園芸学会など、プロの研究者時代に入会した学術団体に今も所属している。
●学術団体は、確かにすべてすぐに役に立つことばかりを取り扱っているのではない。しかし、その存在意義は、未知の現象を解明し、私たちの生活を豊かにすることにあるはずだ。
●金鉱は、金がとれるから金鉱なのであって、石炭ばかり取れるのは、炭坑であって金鉱でない。
●しかし、金鉱からは、すぐに「金の延べ棒」は出てこない。いろんな鉱物に混じった金の粒や砂金を集めて精製して、それをまとめて、固めてはじめて金の延べ棒になる。
●金を必要としているのに鉄ばかりしか出てこなければ、金鉱でない。
●学術団体は、明らかに、金鉱である。それは確信できる。ただ、「金の延べ棒」がそのまま出てこないだけである。
●僕には、砂金や金の粒を集めて金の延べ棒を作る術がある。学術団体の得意とするサイエンスを生産現場のテクノロジーに結びつける。それが、ブリッジビルダーとしてのジャグロンズの使命でもある。


そんなに簡単にはいかない?

●農業をある程度やっている人と話をするとよく聞かれる言葉。「そんなに簡単にはいかない」・・・僕は、この言葉を聞くとガッカリする。
●長年やってきた自分たちがうまくいかなかったから、あなたの思うようには行かないのだという。
●うまくいかなかったのはなぜだろうか?「そんなに簡単にはいかない」という人に限って、その原因を突き止めようとしないし、失敗を活かしきれていない。同じ失敗を何度も繰り返している。
●たとえば米を10年間作り続けたとする。10回しか作れない。1年1年の出来を省みて次に確実に活かしていかなければ良いものは作れないし、惰性で農業をやっていたのでは、いくら長くやっても進歩はないと思う。
●今日、秋田のスタッフと、現地のほうれん草生産の現状について情報交換した。
●25年間ほうれん草を作り続けている人がいるという。土づくりにこだわった結果病気も出さずに安定して生産できているのだという。でも、多くの人がほうれん草づくりを3年でやめてしまうのだという。
●美郷町に7年間ほうれん草を作ってきて、連作障害に見舞われて、全く生産できない生産者団体がいるともいう、フザリウム病による被害が大きくてその産地が壊滅の状態だという。
●地域の技術的指導者は、フザリウム病対策としてクロピクを打てというという。(クロピクとは毒ガスである)
●そんなの、打ったって単なる延命措置にしかすぎない。
●秘策はある。いよいよ私たちの出番である。私たち、ジャグロンズは、三重安濃津拠点での生産を成功させた後、来年の春には、満を持して、秋田県美郷拠点に乗り込む。理論とデータを基に失敗を次に活かすジャグロンズスタイルが世の中の役に立たないのならば、私たちに明日はない。
●ジャグロンズのスピナチガーデンでのほうれん草づくりも3年目に突入した。まさに正念場である。
●難しいことを、分かり易く簡単に表現する術、それが私たちの目指す技術の実践スタイルである。


個人の順応性

●先日の24時間テレビでは、「エド・はるみ」さんが113kmマラソンに挑戦、見事完走された。エド・はるみさんはかなり遅咲きの若手芸人ということだが、スタート前のトークで、夢を叶えるのに年齢は関係ないとの言葉に心を打たれた。
●僕は5年ほど前のサラリーマン時代に、全農林http://www.zennorin.jp/shoukai.htmlという労働組合の分会委員長というのをさせていただいた経験がある。全農林は95%という高い組織率を誇る農林水産省関係の国家公務員労働組合である。
●労働組合では、働く者の環境を良くするために頑張っている組織であるが、多くの方が、心的病気で休養を余儀なくされたり、ときにはそれが原因で命を落とされるケースを身近に感じてきた。
●心的病気は、心的ストレスによって引き起こされることが知られているが、いろいろなケースを振り返ってみると、ある傾向があることに気づいた。
●1)同じ職場の変化でも、年齢が高かくなるほど、仕事内容の変化に対応できなくなる傾向があること。つまり、同じ性格の人間でも、同じ環境の変化に対して、ストレスを受ける度合いが、20代<30代<40代<50代と大きくなること。2)ストレスに対する強さ(耐性)は、ストレスに柔軟に対応できる若いときにどれだけいろんな環境変化を経験したかで異なってくること。
●「かわいい子には旅をさせろ」とか「獅子はかわいい子を崖から突き落とす」といった考えは、なるほどとうなずける。
●一方で、「かごの鳥」で育った人間は、きわめてストレスに弱いことは言うまでもない。一生かごの中にいれば、別に問題はないが、ふつうの家庭ならば、親というかごは、いつかはなくなってしまうのだから。
●特別な家柄で組織で守られていない限りは、できるだけ、若いうちにいろんな経験を積んだりいろんな人と関わって行くことが大事だと思う。そして、若いときに他人を助け、他人に助けられる経験をすることが、「人を信頼できる」人間を形成する上で重要なことだと思う。
●「エド・はるみ」さんは、若いときに多くのことを経験されたのだと思う。そして彼女は、人生を受け身でなく、主体的、能動的に生きていると思う。やりたいこと(夢)に向かうという形で、環境の変化に接すること、それがストレスをプラスに活かして、人生をより充実したものにできる最善うの方法のような気がする。


農業生産は、速度計のない自動車やバイクに乗っているようなもの


★「農業生産は、工業のようにきっちりと思い通りに行くものではない。」そういった声が、よく生産現場から聞こえてきます。しかし、今の技術はあまりにも感覚に頼りすぎたものになっているのではないでしょうか。これまでの農業生産は、暦(こよみ)など昔からの慣わしに沿って農作業が行われてきました。しかし、近年の地球の温暖化によって、農業生産を行う環境も大きく変わりつつあるように思います。自然の中での農業生産だからこそ、工業のようには行かないのはうなずけます。しかし、そのような農業生産だからこそ、工業以上に、データ(数字)に基づく生産活動の必要があるのではないかと僕は思います。
★あるほうれん草生産者の方に以前こんなことを聞いたことを思い出しました。「ほうれん草づくりのコツを、農業改良普及所の先生から教わった際、水をあまりやらないようにとの指導を受けました。でも、先生の言いつけを守った人は、その言いつけを無視して水をやった人の半分しか収量を上げることが出来ませんでした」と。
★ちょっと、ドリフ風にたとえ話を作ってみました。「もし、バイクや自動車に速度計が付いていなかったら」・・・・時速40km制限のところで時速60kmで走ってしまうかもしれません。この場合は、20kmオーバーで警察に捕まってしまいます。同じ時速60kmで走っていても、高速道路では、渋滞ぎりぎりのスピードでちょっと遅すぎるように思います。同じスピードでもその時々の状況によって、速いとも遅いともとることが出来るのです。
★もう一つのたとえ話、石器時代とか大昔は、言葉や数字がまだ十分に使われていなかった頃、分化の伝承は見よう見まねで引き継がれていたと思われます。それが、ネアンデルタール人とクロマニヨン人の違いが、声帯の発達の違いであり、ネアンデルタール人はクロマニヨン人のように言葉をうまく発することが出来なかったので、滅んでしまったとのことをどこかで聞いたことを思い出しました。知識や技術などの文化の伝承速度が言葉を媒体とすることで飛躍的に加速するのです。
★「数字」、それは技術の世界の共通言語です。日本語よりも、中国語、中国語よりも英語、それが世界で通用しやすい言語です。しかし、もっともダイレクトで万国共通の媒体、それが数字です。
●親しくなった農家の方と、ほうれん草の移植後の水管理についてはなしたとき、同じ日本語で話していても自分の言葉が伝わらないことを直感的に感じました。そして、畑に、テンションメータhttp://www.jagrons.com/archives/2007/05/pf.htmlを持っていって、それを目安に話をすることにしました。そしたら、何のことはありません、簡単に僕の考えを相手に伝えることが出来ました。
●水やりのような農業技術について話すとき、数字を含まない話し合いは、前出のネアンデルタール人に似ています。僕は、もっと数字を活用した効率的持続的農業生産の必要性を提唱します。クロマニヨン人のようにあらなければなりません。
◆「水を多くやるように、とか、少なめにやるようにとかといった」表現は、わかりやすいようで非常にわかりにくい表現です。よく人を煙に巻く方法として、「言語明瞭意味不明」とか「多すぎず少なすぎず」といった表現を使うことがあるようですがそれにちょっと似た表現でもありますね。そうそう、頭のいい人の中には、むちゃくちゃ難解な数字を並べて煙に巻く人もいますのでご注意を・・・。真実は、そんなに複雑なものではなく、「シンプルで美しいもの」であると思います。
★僕の頭の中には、いつも5つの輪がイメージされています。これは、目の入ってない「だるま」のようなものです。僕は、ジャグロンズの活動を通して、このだるまに「数字」で書いた目を入れたいと考えています。この「だるま」に目が入ると、日本の農業だけでなく世界の農業がもっとホットなものになるはずです。僕は、そのように確信しています。


「ジャグロンズ」、活動から事業へ

●2007年の1月から本格的にジャグロンズの活動を開始いて1年と3ヶ月が経過した。はじめの一年間はひたすら、活動の継続に力を入れてやってきた。私の活動はいろんな場面で他から見れば奇異に映ったことも少なくなかっただろう。その間のジャグロンズの活動は事業というに及ばず、あたかも、修行僧が托鉢したり、滝に打たれるような一見無意味な感じの活動でもあった。だが、托鉢や滝に打たれることで修行僧が何かを悟るように、僕も多くのことに気づくことが出来た。
●一緒に事業をやりましょうといったような、共同経営のスタイルではなく、「社員の立場でいいからジャグロンズの事業を応援したい。」というスタッフが、2人この春からジャグロンズに合流する。それぞれ、私が今までにやってきた生産管理部門と販売営業部門を担ってくれるのに十分な人材である。これで、私はマーケティングの部門の他に一番手薄にしていた経理の部分をもう少しこなせるようになるであろう。そして、一年後くらいには、マーケティング部門と経理部門にも人材が集まってきそうな気がする。
●事業をはじめて3年後には、ジャグロンズを滑走路から離陸させ独り立ちさせたい。そう思いながら一つ一つの日々の活動を積み重ねているところである。


言霊(ことだま)


●「整理・整頓・清掃・清潔・躾」。製造業では当たり前に知られている「5S」である。これは日々の生活を充実させる上でも大いに役に立つ考え方である。私はこれを完璧に身につけたいと思う。そこで、家に張り紙をした(写真参照)。これを見た人は、大別して2通りの反応を示す。一つは、「これはそんな意味があるのか参考になるなあ」といった反応、そしてもう一つは、「こんなの張ったって、全然整理整頓できてないじゃないか」といった反応。後者のように言ってしまったのでは、何も進歩がない。私自身この5Sが、出来ていないからこれを自分のものにしたいと思うのであって、これが出来ている人はこんなことを張る必要がないであろう。現状を改善するには、「意識する」ことが重要なように思う。何かの本に、「言葉には言霊という魂が宿っていて、良いことを言葉に表していると良いことが起こるし、悪いことばっかり心配したり口にしていると本当に運も悪くなる」とかいてあった。朝起きて、この張り紙を見ると、無意識のうちにこの5Sが意識されるようになると感じている。これを張ったことによって、少しずつであるが、私の生活も改善されてきているように思う。言霊というものがあるのかもしれない。
●この5S、同じ物づくり産業である農業の現場では、全く見かけたことがない。農業にとっても非常に有益な考え方だと思うのだがどうしてなのだろうか。そんなの昔からないと言ってしまえばそれまでだが、生産が組織的に行われていないことも、このような考えが浸透しない原因の一つかもしれない。「晴耕雨読」という言葉があるが、農業は天候に左右されるといった特徴がある。一方で、何でも天候のせいにするといった甘えもこの産業にはあるような気がする。農業試験場等で開発された農業技術があっても、それが十分に活用されていないのである。よく自然災害で農作物が被害を受けたとの報道に接することがあるが、実は天災半分、人災半分なのではないかと思うことがある。天候に左右されるなりにその影響を最小限に止める工夫が必要である。感覚でやる農業には限界があるし、その技能は伝達されにくいものだと思う。私は、数字というものを駆使して、「日本の農業技術文化」の継承の一助となる活動を続けていきたいと考えている。
●先日、ある有力者の方とお話しする機会があった。農業分野にはあまり関係ない方だったので、私の話をすると、「それは大変だ、一次産業とベンチャーの2つはビジネスとして一番危険な分野だ」とおっしゃられたのを覚えている。これも一般的で妥当なものの見方であろう。しかし、それでは良いわけがない。人間は何を食べて生きていくのか?一次産業なくして、国が成り立つのだろうか?そんなわけはない。農業をビジネスとして考えた場合、「農業では食っていけない」とか、この手の「負の言霊」が、現場で働く多くの当事者に影響を及ぼしているような気がする。
●これからは、アグリビジネスの時代だ。高度な技術を駆使しながらも、その生産システムを単純化して、良質の農産物を安定的に生産する時代が来る。そして、消費者と生産者との距離がぐっと近くなり物流も変わるであろう。農業は国が成り立つためにはなくてはならないものである。「正の言霊」の力を信じて、来年もジャグロンズの活動を継続・発展させて行きたいと考えている。


「作品」の評価に関して

最近思ったことがある。
★「料理=アート」と仮定した場合、その作品の評価はどのようにして決まり、その作品に対してどのようなニーズがあるのだろうか。アートの一つ「絵画」の場合、その評価には長い時間がかかることが珍しくない。料理をビジネスとする場合は、その魅力を十二分に伝えることが重要で、セルフプロモーション能力が経営者に必要とされる能力であると思う。絵画に対するニーズは、ある程度経済的余裕のある客層の中にあるであろう。もし、その価値を十分に理解出来ない客層とその作品が出会ったならば、その作品は不当な評価を下される可能性もある。作品とそれに見合った客層との出会いの環境を整えることがビジネスの成功につながるのであろう。
★「料理=生活必需品」と仮定した場合はどうか。この場合、いかにリーズナブルであるか、というような割安感が重要であろう。気軽に食べれて栄養があって美味しいことが重要であろう。
★僕はジャグロンズのほうれん草=芸術品を意識した物づくりに取り組んでいる。1束200円の価格設定は、生活必需品としては、割高感を感じるかもしれない。しかし、僕は、200円で安いといわれるようなほうれん草を作っていきたい。それが、芸術品を意識した物づくりであると思う。一方で、お客様に、割安感を感じて僕のほうれん草を食べて頂くには、直営の飲食店の経営が有効だと思う。これはずっと先のことになると思うが・・・いつかは実現したい夢である。


僕がやりたいほうれん草づくり

●僕がやりたいほうれん草づくり。それは、ほうれん草を生産することだけではない。まず基本が、ものを作ること。そしてその商品がお客様によろこばれる形で消費していただくこと。ほうれん草といってもいろいろある。お客様がほうれん草に何を求めているのかを知ることで、お客様に満足していただけるほうれん草を作ることが出来る。
●昨年は、甘さを第一に考えたほうれん草づくりに取り組んできた。今年は、お客様のニーズを探るべく、ちょっと代わったタイプのほうれん草も作っている。何件かのお客様に比べてみてもらった結果、今年の商品のラインナップを3種類揃えてお客様にお届けさせていただくことにした。
●3つの商品を紹介させていただくと、まずは、主力商品で、独特の甘さが特徴の「ゴールデン」タイプ、次ぎに、中華などの油炒め料理に適した「アフロ」タイプ、そして、和風の味つけにベストマッチな「ブラック」タイプ。以上の3つの個性ある商品を揃えることが出来た。いずれのタイプも、一定期間以上、冬の寒さにさらすことで、個々の個性を保ちながら糖度が10度以上の甘いほうれん草になることから、サラダでもいける商品になる。


元気、熱気、活気

●僕はラジオを聴きながら畑仕事をする事が多い。いろいろな情報が入ってくるし、生活にテンポが生まれる。今日は、桂文珍さんがゲストでの番組が流れていた。文珍さんは、地方を回って、落語によって地域を活性化させようと頑張っているとのこと、その会話の流れで、「お客さんの反応で、そこの商店街や地域の景気が分かる」とのこと、元気がないところは地域経済も芳しくない場合が多いそうである。文珍さんは、景気→笑い(元気)もあるけど、笑い(元気)→景気にもつながるのではないかとの考えで、落語の地域講演を精力的にされているそうである。
●先日、「メッセウイング三重」と言うところで開かれていた、農業生産者や農業会社が、人材募集も兼ねた企業説明会のようなものを覗いてみた。元気がない。農業体験を数人の若者が発表するコーナーもあったが、聴衆が10人もいないのに、マイクを使ってゴニョゴニョ言っている。10人20人くらいで、マイクを使っていたんではダメだ!!元気がなさ過ぎる。農業という産業の低迷も背景にあるのだろうが、農業は取り組む人たちの気概にかかっていると思う。もう、同じ農業者間で集まっている場合じゃないような気もした。−2×2=−4といったような、負のシナジー効果が生まれそうな気がして、さっさと会場を後にした。
●メッセウイング三重では、隣の会場で、○○会館という葬儀社の、展示会のようなイベントが行われていた。ウオー!!活気がある。華やかである。演歌歌手も歌っている。熱気が感じられる。少子高齢化が進む日本において、葬儀産業は先が明るい。元来、しめやかに行われる葬儀であるが。ニーズも多様化してくるのだろうし、明るい葬儀もありかもしれない。何よりも、この産業の景気の良さが、その会場の活気につながっていると感じた。
●「元気」な人間が集まって、熱く仕事をしていくことで「熱気」が生まれ、農業と言う産業にも「活気」が生まれたらいいなあ。そんな思いで、僕は現在農業生産活動を続けている。


「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」

●高松の香川大学で開かれた園芸学会の公開シンポジウムで、おもしろいお話しを聞いた。果樹試験場OBの矢野昌充博士の研究費の受益者負担の考えに関基づく活動についての発表であった。これまで国の農業研究は、ほとんどが税金によってまかなわれていた。しかし、近年の財政事情によって、研究費の確保が難しくなりつつあり、産業規模の受益者である生産者団体や食品業者などを中心に研究費を出していただき、効率的な研究遂行を行おうという考えである。私はこの考えに感銘を受けた。農業分やというのは、すぐに補助金に頼るところがある。1に補助金、2に補助金である。それが、今このような考え方が生まれていることに、自助の精神を感じ、将来に光を感じることが出来た。
●矢野さんの発表では、基礎研究と応用技術との間には、「魔の川」という障壁があり、応用技術と事業化との間には「死の谷」という障壁があるという。私ははじめて聞いた言葉であったので、ネットでいろいろ検索した結果、この言葉は、数年前から、使われはじめたようである。工業分野の知人に聞いたところ、この言葉をすでに知っていたので、さすが競争の激しい工業界と感心したところである。
●この言葉、研究成果が産業化するまでの過程に存在する障壁を意味し「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」の3点セットで使われている。自分なりに、図に整理してみた。これらの言葉は知らなかったが、研究所時代の自分は「魔の川」に橋を架けることに一生懸命であったように思う。そして自分なりに満足できる1つ目の橋を架けることが出来た。そして今挑戦していること、それは、「死の谷」に橋を架けること。やっぱり、言葉通り橋を架けるのは難しい。しかし、私は、「ブリッジ・ビルダー」何とかして橋を架けたい。そう考え、試行錯誤の毎日を過ごしている。



※経営プロセス改革アソシエイツhttp://www.process-club.com/00submenu/02submenu/22/22.html
を参考に作図


お米の「鑑定書」

●よく、ダイヤモンドなどの貴金属には「鑑定書」なるものがついている。ペットでは「血統書」というのがある。いずれも、一般の人では一見分からない「品質」というものを、専門家が確認することで、分かり易くするというサービスである。
●最近、お米の品質や、「美味しさ」について、いろいろと調べてきたが、素材の品質保証という観点から「鑑定書」のようなものが必要ではないかと感じている。今の制度の中では、100%コシヒカリでなくても(10%くらい別の品種が混ざっていても)「コシヒカリ」といって販売することが出来る(合法的に問題ない)。そして、このような情報は、消費者の皆さんには直接分からないのが現状である。
●もうすぐ早場米の産地三重では稲刈りが始まる。私の故郷、秋田のお米「あきたこまち」も、三重では極早生品種として栽培されている。秋田の風土に合うように品種改良された「あきたこまち」。秋田では10月に収穫する品種である。これが、三重のあきたこまちは8月に収穫するのだから、「あきたこまち」でも三重県産と秋田県産では全く違うお米に違いない。三重県の人は「あきたこまち」は、美味しくないと言うが、たぶん秋田県産のものを食べたことがないのだろう。一方で、料理人をしている秋田の幼なじみの先輩は、「コシヒカリなんて全然美味しくないじゃないか」と言ってたのを思い出した。たぶん、ほんとに美味しいコシヒカリは秋田にはあまり流通していないのだろう。
●もう、「コシヒカリ」だから美味しいとか、「あきたこまち」だから美味しいとかといった時代ではないような気がする。この秋から、ジャグロンズでは、米の食材としての品質を「食味カウンター値」で判断し「鑑定書」のようなもの(情報)を併せたサービスをお客様に提供していきたいと考えている。


「美味しい」フロムUSA(ハンバーガー、牛乳、パン)

●合理主義の国USA(アメリカ合衆国)。この国の象徴はファーストフードだろう。第二次世界大戦(太平洋戦争)の敗戦国日本は、アメリカから救援物資として、パンとミルクを配給され、その後、日本にパン食が根付いたことは有名な話しである。その後、日本はアメリカから大量の小麦を輸入するようになったという。このことはアメリカの長期的視野に立った農産物販売戦略の典型的事例として取り上げられることが多い。
●自分は、農家出身で、自分のうちの米を食べて育ってきた。高校生くらいになってから、パンやハンバーガーを食べるようになったのだが、なんかしっくりこない。やはり米がおいしい。パンのぱさぱさ感が好きになれないのである(本当にうまいものを食べていないせいかもしれない。アンジュールさんの出来たてのパンは美味しいと思った)。もしも自分が幼稚園当たりから、このようなファーストフードを食べていたらどうなっていたのかを考えるとおもしろい。たぶん、あまり美味しくなくても、それが「お袋の味」のような感じで、美味しいと感じるようになってしまっていたのではないかと思う。味覚は、子供の頃からの学習とも言われる。苦みを美味しいと感じるのも味を学習した結果なのだという。このことから言うと、幼少時の食生活というのは大切だ。
●子供たちが大好きな、おもちゃがついてくるハンバーガーのお店がある。子供たちはおもちゃ目当てでハンバーガーショップに行きたがる。そうして、幼少時からあまり美味しくない(と私は思う)そのハンバーガーを毎週、毎月食べているケースも少なくないだろう。このようにして、今、日本の子供たちは、アメリカ的企業の長期的視野に立った食物販売戦略の対象になっているように思う。たぶん彼らは、サラリーマンになってからもハンバーガーを好んで食べるようになるだろう。
●USA発のファーストフードに対抗して、イタリア発のスローフードという考え方(活動)がある。この考え方の中には時間をかけて食文化をじっくり楽しむことを含んでいる。一見、ファーストフードは非健康的な食文化で、スローフードは健康的な食文化のように見える。しかし、日本の代表的ファーストフードである、寿司、饂飩(うどん)、蕎麦(そば)は、必ずしも非健康的な食べ物ではなく、むしろ米国では健康食として人気が出ているほどである。
●日本や、フランスは、長い歴史を持つ分、料理の世界が芸術の域に達している。それも、食べてなくなると言う点では花火のような芸術である。日本にはさらに、寿司やそばなどといった優れたファーストフード文化もある。日本は希にみる多神教国家であるが。食文化でも多様性があるのがおもしろい。
●「ファーストフード」と「スローフード」。物事に対立軸があるということはいいことだと思う。またそれらの両極は、ニーズがあって成立しているのだから、どちらも大切な文化であると思う。ファーストフード文化の持つ利便性は、これからの時代、必然的に受け入れられるだろうし。スローフード的文化の持つ文化的側面もも多くの人に支持されていくと思う。しかし、両方とも「食文化=健康維持」が成立する条件を満たす必要があると思う。食料を提供する側は、常に良心的立場から、長期的視野に立った食物販売戦略を立てて、実践することが大切であると思う。この、「長期的視野に立った食物販売戦略」これが案外「美味しい」の本質につながっているのかもしれない。


「美味しい」って何だろう?

●米を作っている農家の人100人に「あなたの作った米は美味しいですか」と聞いたら、迷わず100人が「うちの米はうまいよ」というだろう。もし、「うちの米はまずいよ」という人がいたら、結構インパクトが強くてそこの米が人気が出ちゃったりするかもしれない。
●先日、米づくり一筋の草深ご夫妻と米の話しをしていたら、今、米を売るときに、「おいしい」って言う言葉を使っちゃいけないんだとか。どうも、おいしさの感じ方は人それぞれ違うのだからだそうである。
●「美味しい」ってどういうことだろう。ちょっと考えてみた。それらを列挙すると、@一定水準の目安をクリアした品質であること、A身体が欲している物を食べたときの喜び、B食事をするときの視覚や雰囲気によって得られる満足感、Cその食品の持つ魅力(希少性、栄養価)を理解した上での食事による満足感、など、いろいろあるように思う。
●今、私が考えているおいしさの3つの柱を挙げると、@絶対評価の品質基準、A食べる人のコンディションに会った提供(メンタルの要素も含む)、B食品や料理の持つストーリーや歴史、以上の3つを満たすのが究極の理想のおいしさだと思う。これらをバランスよく満たすには、科学技術と文化の融合が鍵になるような気がする。「美味しさ」についてはこれからもっと深く考えていきたいと思う。


苦いほうれん草をおいしく食べる方法

●秋田県美郷町産のほうれん草、2つのタイプがあります。露地栽培ほうれん草とハウス栽培ほうれん草です。2つのほうれん草と特徴は、
(1)露地栽培ほうれん草(以降、露地物と表記する):がっしりしていて、調理後の目減りが少ないのが特徴。内部品質では糖度が高くビタミン類も豊富に含まれるており、有害成分とされる硝酸含量が少ないのが特徴ですが、風味(苦み)が強く出やすく、万人向けの味ではないと言えます。
(2)ハウス栽培ほうれん草(以降、ハウス物と表記する):調理後の目減りがありますが、味に癖が少なく、食べやすいのが特徴。栄養成分的には露地栽培ほうれん草よりも劣ります。
●このお話しを、「緑彩」(http://www.ryokusai.net/)のオーナーシェフ伊藤良樹さんに話したところ。露地ほうれん草に興味を持っていただき、お店がお休みの今日、2つのタイプのほうれん草をおひたしにして頂きました。さすが、和風料理のプロ。おひたしの作り方も本格派です。これまで見たことのないおひたしの作り方を見せていただきました。茹でた後に特性のだしに浸して数時間後、出来ました。本格派おひたし。食べてみました。ハウス物は癖のない「すーっとした」味で万人向きと感じました。一方の露地物、食べた瞬間、ハウスものよりも強い甘みを感じる一方で後にすーっと引っ張る風味(苦み)があります。やはり、癖があります。これに対して出した伊藤さんの結論、それは、肉料理で使うこと(魚ではダメだそうです)。お浸しを軽くあっぶった肉に包んで、たべだせてもらいました。すごい!!苦みを感じません。「個性のある食材があったら料理人の血が騒ぐんです」「露地物は栄養価の高い食材なのでこれをおいしく食べていただくような調理方法を考えるのが料理人の仕事」とおっしゃっていただきました。大変勉強になる時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。
●これからも、ジャグロンズは「おいしさと健康と文化の創造」を掲げ、私たち生産者サイドが食べていただくお客様のためになる最善の道を歩んで行きたいと考えております。料理人の皆様とのコラボレーションを大切にすることも欠くことの出来ない活動内容の一つであると思います。
  


モノを売るということ

●「ほうれん草を売り込みに行く」お店に飛び込み営業をする、その前に車の中でほうれん草の汁を搾り糖度計をチェック。「糖度10.5度」、よっしゃ!!っと、自分のテンションを上げてお店に乗り込む。自分の商品に自信を持たなければ商品は売れないと思うので冬には良くこのような確認の儀式をしていたものだ。お米を売るときも、自分で食べてみて納得がいくことではじめて自信を持った営業が出来る。
●味付け即席麺を発明した安藤百福さん(2007年1月5日96歳で死去)は、毎日1食は、チキンラーメンを食べていたという。自分の商品に自信と思い入れがあったのだと思う。
●しかし、先日すごい人に会った。一回も自分の商品を食べたことのない人が、中国製の漬け物を売っていたのである。ブラックユーモアのセンスのある方で、「これ食べたらからだこわすでえ」、とか冗談で脅しながら赤いキュウリの漬け物、緑色のキュウリの漬け物、白いらっきょの漬け物の3つのサンプルをくれた。ガンガン作ってガンガン売っているようである。中国製なのでJASマークはなし、厚生省の審査は通っているということであった。
●今日、緑色のキュウリをカレーにかけて食べてみた。「うまい!!」そう感じた。「安心・安全」という言葉が出回っているが「うまいこと」と「安心・安全」は全く違う。漬け物の裏の表示には石油から取れる着色料がいっぱい使われていた。表示義務のない業務用食品であれば、ある程度うまければ、安全や安心と関係なしにどんどん売れるのだろう。
●北海道の食肉業者の事件で、今、世の中には、不信感が漂っている。先日、中国では段ボールに薬をかけて黒っぽくして、肉汁をかけて肉の増量剤として使った肉まんが摘発されたとのニュースが報道された。やろうと思えば何でも出来る物だと思った。
●モノを売ると言うことは奥が深い。商売は利益を上げることが重要だから、商品を売ることが第一である。しかし、売ることだけが目的となっては、世の中がおかしくなってしまうような気がする。売ることが目標であって、お客様のためになることを目的にしていかなければならない。またそうあらねば商売は長続きしないと思う。海千山千のなかに私も身を投じて、自分の信念を貫きたいと思う。
  


「創造者」と「競争者」

●私が、思い詰めているとき、尊敬する経営者の方から次のような内容の言葉を頂きました。
「創造者たれ、急ぎ始めた瞬間、あなたはは創造者ではなくなります。競争者になってしまうことを忘れないように。急いでると感じたら立ち止まって、そして自分の欲しいものをイメージし、それに向かって取り組めることへの感謝の気持ちを持ち始めてください。感謝することが例外なしにあなたの信念を強め目的を新たにしてくれます。」この言葉は、私の「こころ」にすーっと入ってきました。この「創造者」はオンリーワンになろうとする人、「競争者」はナンバーワンになろうとする人と言い換えることが出来るように思います。
●研究という比較的クリエーティブな分野での仕事の経験から、幸い、自分の中には、「創造者」と「競争者」の両方の面があったように思います。「創造者」としての仕事は、感動とワクワク感が得られました。一方で、「競争者」としての仕事は、緊張感がありますし、その分野が必要であるから競争が生じているので、ある意味の達成感も得られます。もし、「創造者」の面だけの仕事だったらそれは神の領域かなとも思いますし、「競争者」の面だけの仕事なら辛くてきつく感じてくることでしょう。今考えてみると私の場合、両方の面のバランスが大切な気がします。
●研究所時代に、ある同僚が「この分野はもう研究され尽くしたのでやることがない」といった感じのことを言っていたことを思い出しました。そのとき私は、この考えには同感できませんでした。「時代や場所が変われば、ニーズや視点も変わってくるはず、単に研究の問題点が見つけれないだけではないか」と思ったからです。道元が、中国での仏道の修行の中で老典座に言われた「偏界かつて隠さず」との言葉が頭に浮かびました。これは、道元が「世の中にはいまだかつて真理が隠れていたことはなく、常に目の前に現れている、それが見えないのはおまえの目が節穴だからじゃ、この馬鹿者めが!!」と老典座に一喝を受けたときの言葉です。
●一見「創造的な仕事」でも「競争者」としての敗北感を味わうこともあるでしょう。これとは逆に「競争的な仕事」の場でも、目の付け所や、時代の変化に敏感になることで「創造的な仕事」が出来ると思います。要は、本人(プレイヤー)の考え方やこころの持ち方次第なのではないかと思います。
●今やろうとしている、アグリビジネスについて、私は、自分の中に「創造者」の部分:「競争者」の部分を7:3くらいの割合でイメージして取り組みたいと思います。そのためには、良い好敵手も必要でしょうし、常に「探求心」と「緊張感」を持って、仕事を楽しめることに感謝して活動していけたらと思うのです。
  


秘すれば花

●「秘すれば花」・・・秘めるからこそ芸の魅力が保てるという奥義である・・・と世阿弥が彼の著書「風姿花伝」で述べている。
●園芸という言葉も「芸」が付く。やはり、秘すれば花なのか?、むかし良く水やり3年とかいわれていたことを思い出す。これで本当にいいのだろうか?誰がやっても同じ結果になる水やりの方法。これが役に立つ技術として重要ではないかと思う。
●ある産業分野では、技術を他に教えると、自分のところの商品価値が落ちるから他人には絶対教えないということを経営者の方から聞いたことがある。
●また、別のある産業分野では、技術情報はどんどん社外に公表する、そして、まねされる頃には、また新しい技術に取り組んでいると経営者の方から聞いた。技術を秘密にすると、自分にも情報が入ってこなくなるため、長期的に見て、得策ではないそうである。技術を公開することで、他からの情報もどんどん入って来るという。やはり、勢いのある産業分野は違うと思った。その経営者の方は、情報をオープンにすることで得られた別の情報を組み合わせた情報ネットワークを活用して、先日さらなる新しいビジネスへの挑戦を開始した。
●農業技術では、どうであろうか?やはり、「秘すれば花」か?今まで、私は、そうだと思っていた。しかし、先月、東京のある出版社におじゃました折、明るい話題を耳にした。岐阜県でほうれん草の収穫機が実用化して、成果を上げているとの記事を掲載しようとしたところ、地域の農業団体から、写真を掲載することに対して待ったが入ったのだという。「秘すれば花」である。ところが、実際に生産現場で取り組んでいる生産者の代表の方が、次のように言って農業団体の幹部を説得してくれたのだという。「今の岐阜のほうれん草生産の技術は全国のほうれん草生産地の皆様から教えてもらって成り立っている。だから、この情報も岐阜だけで独り占めせずに全国に発信しようではないか」。いや、ご立派である。この話を聞いて日本の農業も将来明るいような気がした。
●日本の農業の衰退の原因の一つが、作ることよりも売り手が少ないことによるものと、昨今強く感じている。よくキャベツの大産地で、キャベツが豊作になると価格調整のために廃棄する風景が報道されることがあるが、このとき、消費者が、安いからキャベツをいっぱい食べるかといったらそうでもない。「折角豊作になったのだから、みんながもっといっぱいキャベツを食べればいいのに」そう思うのは私だけであろうか。キャベツをいっぱい食べるとガン予防にもなるし良いことづくめなのに、そうはならない。
●まだまだ、世の中が良くなる余地はかなり残されているように思う。「生産者と消費者の距離を縮めること」これがキーワードになるような気がする。
●「秘すれば花」これも一つの考え方であるが、「情報をオープンにする気概」、これも大切なように思う。情報をオープンにすることは後ろから追われることを覚悟する必要がある。だから、もっと先に進んでいこうと努力しなければならない。
●芸術と産業、これは別物かもしれないが、園芸と言う産業は、この2つの面を持ち合わせているように思う。オープン体質になることで産業技術全体のレベルが上がれば業界全体がさらに活性化するのだと思う。
  


ジャグロンズブートキャンプ

今日は早朝、ホーhttp://www.jagrons.com/archives/2007/06/post_92.htmlを使って草削り作業をしました。長いハウス2棟分、総合距離450m以上ありました。いま流行のビリーズブートキャンプならぬ、ジャグロンズブートキャンプ状態です。朝飯前の結構な運動になりました。農薬を少しでも使わないようにする野菜作りには、手間暇がかかります。でも、「実際に食べていただくお客さんの立場に出来るだけ近づきたい」との思いから、ジャグロンズのほうれん草生産ではこれまで1度も除草剤を使ったことがありません。除草剤を使わないほうれん草生産は、移植栽培だから出来るのです。
  


ジャグロンズほうれん草の到達点

 移植栽培ほうれん草生産の事業化の鍵になるのが出荷先。私が、ほうれん草を売り始めてから、市場出荷、農協出荷、スーパー出荷、料亭、レストラン、一般のご家庭、ホテル、ゴルフ場など、色々な販売先の開拓に努めてきました。その中で、ほうれん草作りの作業が、@お客様のためになるものと、Aお客様に買っていただくためのものの2つに分けて考えることが出来ることに気が付きました。前者はもちろん、新鮮で、おいしくて、栄養価に優れることなどです。そして、後者は、見た目、パッケージ、この2つがすべてです。後者の場合、収穫から、お客様へ届く日数が長くなりがちなことから、日持ちするための様々な配慮も必要です。
 先日、数人のスタッフで収穫をし、調整作業を行いました。収穫はすんなり進めることが出来ましたが、この調整作業、もう、うんざりしました。入れにくい袋、必要以上に細かいサイズ分け、本数の規定など、多くの条件をクリアしなければなりません。それに、資材費や手数料などが結構引かれます。朝1時間ほどで収穫したものの調整作業が、夜遅くまでかかってしまったときには、正直もうほうれん草を作る気がしなくなりました。みんなが疲れました。そして、自分は何のために誰のためにこんなことをしてるんだろうと自問自答しました。
 空梅雨の北東北の月あかりの下、家のすぐ外にはホタルが数匹飛んでいます。そのうちの一匹が私の前をすーっと通りかかりました。私の道先案内人をしてくれるように。思わず手を伸ばすと蛍が簡単に手のひらに乗りました。手のひらで蛍が光ってます。そのホタルの一点は暖かく感じます。そのとき私は決心しました、一つのことに集中しよう。私がすべきこと、それはお客様に喜んでもらえる(お客様のためになる)ほうれん草生産です。私は、自分が作って美しいと思うほうれん草を作ります。そうすると既存の土俵では勝負になりませんから、自分の土俵を築かなければなりません。自分の土俵、それがすなわち生産小売業なのです。
 この実現にはある程度の時間を要しますので、とりあえずお客様に近づく第一歩として、スーパーに直接出荷する販路でいってみようと考え、以前大変お世話になった、和歌山資本の大きなスーパーのバイヤーさんにお願いしてみました。そしたら、以前お世話になった津市内の店舗で夏のほうれん草も試していただけることになりました。一般的な販路ですと、収穫してからお客様に届くまでコールドチェーンで4〜5日くらいかかることもあると思います。それが、今回のルートですと、収穫した翌日の午後には店舗に並ぶことになりますちょっと形は悪いけど必ずお客様が喜んでくれるはず、私にはそんな自信があります。まだ生産小売業は、軌道に乗っておりませんが、私のほうれん草とお客様との距離を縮めることにご協力いただいたスーパー様には大変感謝しております。29日(金)に三重県津市内の大型スーパー(24時間営業)で秋田県産のほうれん草を見かけたらならば、それはジャグロンズほうれん草です。ハウス栽培ですが、移植栽培により減農薬生産(BT剤1回のみ使用)をしたものですので安心してご賞味ください。
これからは、もっともっとお客様のためになるほうれん草生産に取り組む覚悟です。皆様のご理解とご協力を頂けたら幸いです。
                     ジャグロンズ 代表 藤原隆広
※BT剤:アオムシ(チョウやガ(鱗翅目)の幼虫)以外の生物には全く毒性を持たない農薬です。
※一般的なほうれん草栽培(直播栽培)では、除草剤の使用が必須で、このほかに2〜3回の農薬散布を行います。
  

  



夏のほうれん草の味

今、秋田県美郷町で作っているほうれん草、セル苗移植栽培で、露地物とハウス物の2タイプの生産を試しております。
●露地物は、完全無農薬栽培(今後、減農薬栽培にシフトします)で、じっくり時間をかけて育てており、がっしりした感じで、萎れにくく糖度も比較的高くなっております。(今年、夏の栽培でも露地栽培のようにじっくり育てていると一定の期間を過ぎることで糖度が上がる現象を見つけました。)
●ハウス物は、減農薬栽培でストレスをかけずに走り去るように育て上げますので、みずみずしく柔らかいのが特徴です。
●茎の糖度は露地物で6度くらい、ハウス物で3度くらいです。夏のほうれん草は冬のジャグロンズほうれん草のように「生でバリバリ」というようにはいきません。いずれも、ほうれん草の風味が強いので、ほうれん草が苦手な方においしく食べて頂くには、料理人の力を借りる必要があります。
●夏の露地栽培で比較的糖度の高いほうれん草が出来たので実際に食べてみました。甘みも少し感じますが、風味が強くニガウリ(ゴーヤ)の苦さのような風味も感じました。この風味、ニガウリのように夏ばてを防ぐ栄養価があるかもしれないと感じました。実際はどうか分かりませんので、これから研究所と連携してこのような風味の成分や効能などを調べていけたらと考えております。
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「凡事徹底」

「凡事徹底」とは、イエローハットの鍵山秀三郎さんのスローガンですが、掃除だけでなくほかのことにも当てはまると思います。今日は早朝から工場などで取り上げられている5S運動について再考し、自分なりにワンフレーズにまとめてみました。「整理・整頓・清掃・清潔・躾」ぱっと見ただけでは、当たり前のように感じてしまいますが、私は全然出来ていません。これが出来るようになったらどんなに気持ち良いだろうと想像しました。まずは、普段の生活から5Sを身につけるように3Sから実践していきたいと思います。思い立ったら吉日。「凡事徹底」、今日から早速実践してみます。

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奥山さんご夫妻

 今日、奥山さんご夫妻がうちに来てくれました。私の両親の知り合いで、私が美郷町に入る前のビニルハウスハウスの準備等では、大変お世話内なっていました。私のほうれん草の生産技術に大変興味を持って頂き、今日は種まき作業について勉強したいとのこと。技術は安易に人に教えては損という考えがありますが、私は今日知りうるすべての情報をご夫妻に開示しました。また、折角ご夫妻そろって見えたので、今日は、ジャグロンズの活動について説明させていただきました。大変関心を持って聞いていただき、研究所時代の私の研究資料を持ち帰っていただきました。
 私の技術はまだ現場での実証が不十分ですので、今は、私の両親の協力を得て生産活動に着手してますが、両親も3年も経てばだいぶ年をとります。ご夫妻は私の両親よりもまだ若いので、ある程度生産と販売経路にめどが付いた段階で、事業が安定した段階での生産事業の継承と地域の柱となってジャグロンズの技術を活用していただけるような立場になってもらえたらと思います。今後私は、技術開発と販路の開拓に重点を置き、生産拠点の仲間に対しては研修を含めた若い人材の流動的活用(提供)、このほか高齢者の有効活用等を視野においた活動に力を入れていけたらと思うのです。


ほうれん草ソムリエ

ソムリエは、レストランやバーでワインを楽しむためのアドバイスをする資格(職業)である。

世界には無数のワインが存在し、料理や予算、志向に合ったワインを見つけるには、深いワインに対する専門知識が必要となる。ソムリエは長い年月をかけてワインに関する知識を蓄え、ワインを楽しみたいと願う顧客の要望に応える。単にワインに詳しいだけではなく、料理や文化に関する深い造詣と巧みな話術が求められる。欧米では優秀なソムリエは多くの人の尊敬を集める。
http://kw.allabout.co.jp/glossary/g_career/w003837.htmより)

上記の「ワイン」を「ほうれん草」に変えてみると下記のようになる。

我が国には数多くのほうれん草が存在し、料理や予算、志向に合ったほうれん草を見つけるには、深いほうれん草に対する専門知識が必要となる。ほうれん草ソムリエは長い年月をかけてほうれん草に関する知識を蓄え、ほうれん草を楽しみたいと願う顧客の要望に応える。単にほうれん草に詳しいだけではなく、料理や文化に関する深い造詣と巧みな話術が求められる。

私は、当面、ほうれん草ソムリエになるつもりでやっていきたいと思う。

藤原隆広


ほうれん草 プレミアムパック

お客様のご要望をお聞きしていると、時々どうしたら分からなくなることがあります。そのときは、私の畑に来て、実物を直に見ていただきます。そうこうしているうちに、お客様がどのようにほうれん草を利用していただいているかが分かってきます。そして生まれた「プレミアムパック」。これは、魚介類や肉などをほうれん草に包んで調理することを前提に企画しました。お店に納入させていただくまでの手間がかかりますし、ほうれん草の廃棄率も多くなってしまいますが、お客様により満足していただくことを考えた商品でもあります。この商品が右の写真(ラ・パルム・ドール様ご提供)のような作品に変身します。なお、箱の手前の色の薄いほうれん草は、油で炒めたりするときに使っていただく、乾物率が高い甘いほうれん草です。
 


完璧じゃないジャグロンズのほうれん草

 私の目指す野菜の生産小売業の確立、ご提供のターゲットはズバリ近くに住むご家庭の食卓、それと味にこだわり、おいしさを追求するレストランの食材に採用していただくこと。ジャグロンズのほうれん草の強みは、極端な甘み、それと(摂りすぎは体に良くないとされる)硝酸塩の含有量を限りなくゼロに近い数値でご提供できることの2点です。しかし、外観があまり良くないこともあって、外観を最優先する青果市場などではいまのところあまり高い評価を頂けません。現在は、畑の近くの住民の方と数件のレストラン様から高い評価を頂いて継続的にご提供させていただいている状態です。
 先日新しいお客様の開拓のために営業に回ってきました。その中の一つのお店に試供品のほうれん草を食べていただいた感想をお聞きすると、「おいしいけど甘みが強すぎてちょっと使いにくい」とのこと。ジャグロンズほうれん草は個性が強すぎます。別のお店のシェフには、私のほうれん草に強い関心を示していただいており、色々と試作品を作ってい頂いているようです。やはり、料理の種類によっては、強すぎる甘みが「仇」となってしまうことがあるようです。いろんな料理人の方が私のほうれん草を使っておいしい料理に変身させようと工夫してくれている。ほうれん草屋冥利に尽きるというか、「うれしいです」。 ジャグロンズの目指すところは、「農業技術を追求しおいしさと健康と文化を創造する」こと。プロの料理人とのコラボレーションは「文化の創造」にもつながると思います。まだ、私の事業は、ビジネス的にはまだ軌道に乗っておりませんが、私の活動は世の中の役に立てることなのではないかと感じています。ほうれん草の生産小売業、じっくりと継続していきたいと思います。


ほうれん草の葉色で甘さが分かる?!

 この冬、ずーっとほうれん草畑で仕事をしていて、Jagronsほうれん草についていろんなことが分かりました。その一つが、葉色と味との関係。茎があまーいほうれん草は決まって葉色が淡い緑色だということです。
 普通のほうれん草づくりでは、葉色が濃い方が好まれる傾向があります。私の作るほうれん草もはじめは、はじめは濃い緑色をしていますが、甘みを増すためにしばらく畑でねかせておきます。そうすると、葉色がじわじわと薄くなってきます。そして一番甘い状態が葉が黄色くなる前の一歩手前なのです。
 私が冬のほうれん草栽培で主に使用している品種は「トライ」というごく普通の品種で、特においしいといわれる品種でもありません。この品種で、葉柄基部の糖度10〜14Brix%というびっくりするほど甘いほうれん草が出来たのはほうれん草栽培歴6年のわたしでも今年が初めてです。このおいしさが続くのもあと1ヶ月程度と予想されます。この間に出来るだけ多くの方にジャグロンズほうれん草を食べていただきたいと考えております。そして、来年も時期が来たら同じおいしさのほうれん草をご提供できるように頑張りたいと思います。


生産小売業(ものづくりとサービス業の融合)

 農業生産の技術を追求し、おいしくて良い物を直接お客様に提供したい。それが私の望みです。ほうれん草を作りはじめたころ、ほうれん草を売るために色々な方面に営業に回りました。そのとき、野菜の流通に関わるベテランの方に、ほうれん草は、味は2の次、見た目が一番大事なんだ。と言われたことが非常に強く記憶に残っています。それもしょうがないことなのかもしれません。現状のスーパーなどでは、見た目以外に判断材料が無いのですから。私には素直に同意することは出来ませんでした。消費者の利益が後回しにされていると感じたからです。そこで私はおいしいほうれん草を作って、お客様をびっくりさせたいと思い、小売り事業を始めました。小売り事業はサービス業です。サービスの内容は、@感謝を形に表す挨拶ともてなしの心。A商品に関する情報の提供、以上の2つです。畑の近くには1000件以上の住宅があります。ココの皆さんに、普段食べるほうれん草として、Jagronsのほうれん草を選んでいただきたいと思い、ほうれん草まつりを開催しました。まつりの前に広告を配布してた結果、当日は4.5%のお客様が畑に足を運んでいただきました。これからも、おいしい野菜を食べていただき、地域の皆さんの健康維持のお手伝いが出来れば幸いと感じております。
 もう一つ、私が大切にしたいお客様が、味にこだわるレストランの皆さんです。私のほうれん草を巧みな技術で、芸術的な作品に仕上げてお客様の特別なシーンに提供していただく。これも私の楽しみの一つです。料理人の皆さんは、それぞれの得意な分野でJagronsのほうれん草を十人十色の作品に仕上げてくれます。このHPでは、Jagronsほうれん草がどのようなお店でどのような作品に仕上げられていくかについても紹介していきたいと思います。